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『続・発想法――KJ法の展開と応用』川喜田二郎(中公新書)

続・発想法――KJ法の展開と応用

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「質的分析とKJ法――データを捨てずに一緒に考える――」

質的調査の授業をしていて常々感じることは、フィールドノーツやトランスクリプト(インタヴューを文字に起こしたもの)といったデータを蓄積する段階までは言うことがたくさんあるのに、それをどうやって分析してゆくのかという段になると、言うべきことが途端に少なくなってしまう、ということです。大学教員になりたての頃は「とにかくデータを読み込んで考えなさい。刑事ドラマで『現場100回』っていうだろう。社会学は『フィールドノーツ100回』『トランスクリプト100回』だ!」と威勢よく言っていたのですが、多くの学生に接するうちに、こういう根性論だけでいいのだろうか、という疑問を持つようにもなってきました。すべての学生の思考プロセスを鋳型に流し込むような手続き化は考えられないし、またそうすべきでもないと思いますが、データ分析を進めるにあたって選択肢となりうるツールはないものでしょうか。


そんな折、ある学生の卒業研究を指導する際に、KJ法を応用してみようと思い、既に読みかじっていたこの一冊を引っ張り出してきました。KJ法とは、大量の情報から問題解決を導き出す方法で、地理学・人類学者である著者の名前の頭文字に由来しています。社会学研究者の論文にもKJ法を用いた例は既にありますし、授業でなんらかの応用をしている教員の方も多いのではないかと思います。

この『続・発想法――KJ法の展開と応用――』は、前作『発想法――創造性開発のために――』を加筆・修整した改訂版です。前作も、KJ法のコンセプトについて明瞭に述べられている部分が伝わりやすく、捨てがたいところはあるのですが、ここでは、実例が豊富で、無用な議論も少なくなっている改訂版の方を挙げておきます。

KJ法の概要は以下の通りです。まず頭の中に眠っているアイディアや想念をカードに書き出して、実際に見て操作できる形にします。これはA.F.オズボーンによる「ブレーンストーミング」に基づくやり方で、この本では「探検」と呼ばれます。私たちは、しばしば役に立たないと感じているアイディアや想念を頭の中に溜め込んでいます。「探検」は、決して批判しないというルールのもとで、そうしたアイディアや想念をいったんすべて吐き出させるわけです。そうしてできた大量のカードを眺めて、直感的に近しいとおもうものをグルーピングして、各グループの「表札」にあたるカードを作ります。次に、紙の上にグループごとにカードを貼って枠線で囲み、グループ間を棒線や矢印など関係を示す記号でつないで、全体像を見渡せる図を作ります(「A型図解化」)。次いで、図解したものを文章にしてみて(「B型文章化」)、うまく文章化できない部分の図解化を練り直し、再度文章化を試みる、といういわば行ったり来たりの作業を繰り返して、問題の所在や解決方法を次第に明確にしていきます(「W型問題解決」)。これがKJ法のプロセスの概要です。

件の学生にKJ法を使ってみようと思った理由は、彼女が20人とのインタヴューによる大量のデータを持っていて、それをよく読みこんでおり、それ故に思考の収集がつかなくなっているようだったからです。ある論点について私と議論をしていても、データのあっちの部分へ、今度はこっちの部分へ、という具合にジャンプしてしまい、ひとつの論点を保てないのです。そこで、彼女の思考がジャンプするたびに、むりやり元の論点に引き戻そうとすることをやめて、その都度カード化していきました。3時間半ぐらいたって、私も彼女も疲れきったころには、相当数のカードが蓄積されました。日を改めて、グループ化と図解化を試み、それを持ち帰らせたのです。彼女はそれをもとに何とか卒業論文をまとめました。以下は、彼女が書いた後輩向け体験談からの抜粋です。

最初はこんなんで卒論が書けるわけないと思っていましたが、最後の追い込みでトランスクリプト同様に重宝しました。私の部屋のカーテンレールに新聞を縛るナイロンの紐を括りつけて、洗濯バサミで固定して吊り下げて見ていたわけであります。分析・考察と結論の章では特に大活躍でした。私が机に向かったときちょうど右側にあったので、多分、20秒に1回は「右向け右」状態でした。

このケースでKJ法が有効だったのは、彼女が比較的大量のデータを持っており、なおかつそれを大切にしていたことによると思います。議論の最中に、データのあちこちの部分を思い出して口走るということは、それらのひとつひとつを「捨ててしまいたくない」という気持ちがあることを意味しています。だから、それらのひとつひとつをカード化して全体像の中に位置づけておいてやると、逆に「忘れ去ってしまうことはない」という安心感が生じるはずです。

もうひとつ良いと思ったことは、見て操作できる形にすることで、彼女の思考プロセスに私がすんなりと入っていけたことです。困っている学生を相手にする時には、どうしても指導教官のこしらえた問いや枠組みを一方的に押し付ける格好になってしまいがちです。しかし、この方法でグループ化と図解化を行った時には、学生の方も楽しそうに参加してきて、「一緒に考える」という雰囲気になりました。おそらく学生にとっても、「どうして話があっちこっちへ飛ぶんだ!」と怒られながら進めるよりも、伸び伸びとできたのではないでしょうか。これは、著者の川喜田さん自身もKJ法の効果として指摘していることです。

質的分析方法の選択肢のひとつとして、威力を実感しました。一読を勧められる一冊です。

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