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『<狐>が選んだ入門書』 山村修 (ちくま新書)

<狐>が選んだ入門書

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 丸谷才一はすぐれた入門書は「偉い学者の書いた薄い本」、読む価値がないのは「偉くない学者の書いた厚い本」だと書いた。これは至言であるが、「偉い学者の書いた薄い本」の例としてあげられているのは荻生徂徠の『経子史要覧』とコーンフォードの『ソクラテス以前以後』だけだった。漢学と哲学についてはこの二著で間違いないが、それ以外の分野はどうなのか。数ある入門書の中から「偉い学者の書いた薄い本」を選び出した本がないものか。

 かねがねそう思っていたところ、匿名書評家<狐>こと山村修が本書を書いてくれた。日本語、文学、歴史、思想史、美術史という五つの分野について、夫々五冊の「偉い学者の書いた薄い本」を推薦し、詳しい紹介をつけてくれた。最近の本もあるが、多くは山村が何十年も手元におき、折にふれて読みかえしてきた本だけに、紹介は実にゆきとどいていて、すべての本を読みたくなった。「偉い学者」だけではなく、「偉い詩人」と「偉い画家」の書いた本も含まれているが、本書は山村がわれわれに遺してくれた最大の贈物だといっていいと思う。

 二五冊のうち、わたしが読んだことがあるのは二冊だけだった。それだけでも焦るのに、半分以上は存在すら知らなかった。自分の無知にあきれたが、逆にいえば、これから二三冊の名著と出会えるということでもある。よろこぶべきだろう。

 残念なことに、昨今の出版不況のためか、一般書店で買えない本が出てきている。武藤康史『国語辞典の名語釈』と橋本進吉『古代国語の音韻に就いて』、堺利彦『文章速達法』、萩原朔太郎『恋愛名歌集』、武者小路穣『日本美術史』の五冊は絶版ないし長期の品切だし、窪田空穂の「現代文の鑑賞と批評」は全集でしか読めない。紹介を読むと、いずれも他に代えがたい名著だと絶賛されている。著者は書店で買えないのを承知で選んだのだろう。

 この六冊、ぜひ書店で買えるようになってほしいが、幸いどれも長く読みつがれてきた本だけに、ネットの古書店を探せばすぐに見つかる。古本を探しやすくなったのはネットの最大の恩恵の一つである。

 最後に書店で入手可能な一九冊の題名と著者名をあげておく。

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