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『電子書籍の衝撃』 佐々木俊尚 (ディスカヴァー・トゥエンティワン)

電子書籍の衝撃

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 佐々木俊尚氏の本なので期待したが、最初の200ページはかったるい。楽曲のオンライン配信で激変した音楽業界をモデルに電子書籍後の出版業界の行く末を考えようという趣旨だが、手持ちの材料とオンライン情報で書いたのか、文章にリアリティが感じられないのだ。

 電子書籍端末やビジネスモデルについては西田宗千佳氏の『iPad vs. キンドル』の方がはるかにわかりやすいし、音楽業界と出版業界の平行関係がどこまでいえるのかも疑問だ。マドンナとプリンスはCDからライブに軸足を移したといわれているが、小説家は朗読会では食べていけない。

 もっとも面白い話題は結構ある。ISBNを個人で実際にとってみるとか、収支を公開しているミュージシャンのまつきあゆむ氏とアメリカの素人作家のV.J.チェンバース氏を材料に個人配信事業をシミュレートするとか。電子書籍自費出版を考えている人にはすぐに役に立つ内容だろうが、それ以外の人は飛ばしてもいいかもしれない。

 ちなみにチェンバース氏は60万円の売上に対して経費44万円、差引16万円の収益だそうである。紙の自費出版が完全なもちだしだったことを考えれば、年に16万円でも利益が出ているのは立派なものだ。

(アマゾンを使った自主出版にはプロ作家も乗りだしており現実はもっと進んでいるようである。このあたりは洋泉社mookの『電子書籍の基本からカラクリまでわかる本』の飯塚真紀子氏のレポートに詳しい。)

 本書でおもしろいのは日本の出版業界の現状を批判した第四章以降である。

 佐々木氏は統計の数字をあげながら「若者の活字離れ」が錯覚で、本を読まなくなったのはむしろ50代以上であることを明らかにし、ケータイ小説がなぜ売れたかという問題に切りこんでいく。

 今さらケータイ小説なんてと思ったが、活字と縁のなかった地方のヤンキーが「お互いがつながりたい」という強いコンテキストの中で読み書きしているのがケータイ小説だという指摘にはほほうと思った。ブームが去ったとはいえケータイ小説が紙の本の形態でも一定数売れつづけているのは読者と作者を結ぶコミュニケーション・ツールになっているからで、だから金箔押しにするなど記念品化しないと売れないそうである(佐々木氏はケータイ小説家を取材した本を出している)。

 終章「本の未来」はこのコンテキストという言葉がキーワードになる。未来の話だけに抽象的で曖昧模糊とした書き方で非常にわかりにくいが、読者が細分化されていくので広く浅い影響をあたえる有名人に代わって少数者に深く濃い影響をあたえるマイクロインフルエンサーが力を持つようになっていくということらしい。

 この予想が妥当かどうかはわからないが、直近の話題に終始する電子書籍本の洪水の中で曲がりなりにも未来のビジョンを出してくれた点は評価したい。

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