『姑娘』 水木しげる (講談社文庫)
表題作を含め5編をおさめる戦記漫画短編集である。表題作以外は貸本時代の作品で、印刷は悪いが貸本時代の荒々しいタッチを見ることができる。
「姑娘」
「リイドコミック」(リイド社)1973年4月増刊号に掲載。「あとがき」によれば中国戦線に出征した友人から聞いた話がもとになっているという。
戦乱にレイプはつきもので昔から中国の村では軍勢がはいってくると娘を隠したが、女狩りをしたのは日本軍も同じだった。ある村で広州の大学で勉強した村長の美しい娘が日本軍の女狩りでつかまり、中隊長に献上されることになる。中隊に向かう最初の夜、分隊長は娘をレイプするが彼女は処女だった。彼女は二夫にまみえることはできないので妻にしてくれ、どんな困難があってもついていくと分隊長に懇願する。
次の夜、分隊ナンバー2の上等兵がレイプしようとするが娘は激しく抵抗する。仲裁にはいった分隊長に彼女はこんなあさましいことをあなたが許したのかとなじる。分隊長は上等兵をなだめようとするが誤って彼を殺してしまう。軍隊にいられなくなった分隊長は自分と上等兵は戦死したことにしてくれと部下たちに言い含めて娘と脱走する。
四十年後、観光で中国を訪れたかつての部下は昆明の田舎で年老いた分隊長と偶然再会し、その後の運命を聞く。なんとも哀切な短編である。
「海の男」
1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第2号に掲載。最後の大和艦長となった有賀幸作大佐を主人公に大和の水上特攻を描いた短編である。
史実をなぞるにしては短すぎる。大和轟沈後、有賀大佐が息子の夢枕に立つという結末が水木らしいと言えるかもしれない。
「此一戦」
1962年に貸本誌「戦記日本」(兎月書房)第1号に掲載。水木は1959年にも「ミッドウェイ海戦」(『ああ太平洋』上に収録)を描いており二度目の漫画化となるが、山本五十六を主人公にすることで新味を出そうとしている。
「奇襲ツラギ沖」
1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第3号に掲載。ツラギ沖夜戦として知られる第一次ソロモン海戦を描く。水木は1959年にも「急襲ツラギ夜戦」(『ああ太平洋』上に収録)を描いているが、ストーリーはほぼ同じで「鳥海」の水上偵察機パイロットを主人公にした点も共通するが、本作の方がすぐれている。
「戦艦比叡の悲劇」
1961年発行の戦記漫画短編集『大夜戦』(兎月書房)に掲載。第三次ソロモン海戦を戦艦「比叡」を中心に描く。
額縁の物語がついていて「比叡」最後の艦長だった西田正雄大佐の息子が戦記マニアの友人からお前の父親は卑怯者だとなじられ、「比叡」自沈にいたる顛末を探るという設定になっている。
海戦のややこしい経緯をときほぐしながら迫力ある漫画に仕立てた手並みもみごとだが、艦長として最善をつくしながら生き残ったがために卑怯者呼ばわりされた西田の雪辱という柱が一本通っており、含蓄の深い作品になっている。