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『大空戦―水木しげる戦記選集』 水木しげる (宙出版)

大空戦―水木しげる戦記選集

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 貸本時代の航空戦漫画7編とメジャーになってからの1編をおさめた戦記漫画短編集である。巻末に戦記ものの発表の舞台となった貸本誌「少年戦記」について聞いたインタビューを載せる。

「ごきぶり」

 「サンデー毎日」(毎日新聞社)1970年2月6日増刊号「これが劇画だ」に掲載。『敗走記』収録のものと同じである。パイロットが主人公なので本巻にはいったのだろう。

「撃墜」

 1959年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)第1号に掲載。

 扉に「『坂井三郎空戦記録』の一部」とうたってあるように、開戦第一目のマレー攻撃における坂井三郎の活躍を描いた短編。リアルなタッチのコマと漫画的に簡略化されたタッチのコマが混在している。水木はこの作品のために坂井に取材し解説も書いているよし。

「絶望の大空」

 1959年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)第3号に掲載。

 坂井三郎がガタルカナル上空で被弾し、片目の視力を失いながら奇跡的に帰還したエピソードを45頁にまとめたもの。本書で一番読みごたえがある傑作。

 あとがきがついていて、別のテーマで書く予定だったが撃墜王特集に坂井三郎がないのはおかしいので編集部の要望で急遽書くことになったとある。

「ブーゲンビル上空に涙あり」

 1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第4号に掲載。『白い旗』所収の同題の作品のオリジナル版である。

 水木は1959年にも山本五十六遭難をアメリカ側の視点から描いた「山本を落とせ!」(本巻に収録)という24頁の短編を発表しているが、これは日本側の視点もとりいれて42頁に描き直したもの。前半は日本側、後半はアメリカ側と視点が交代し、奥行が生まれている。

 山本五十六遭難は「山本を落せ!」(1959)、「ブーゲンビル上空に涙あり」オリジナル版(1964)、同改作版(1970)と3回描いているが、この1964年版が一番いい。

「山本を落せ!」

 1959年10月に貸本誌「世界戦記」(セントラル出版社)第2号に掲載。上掲の「ブーゲンビル上空に涙あり」の項を参照。

零戦グラマンの血闘」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第2号に関谷すすむ名義で掲載。

 撃墜された零戦パイロットが三八式歩兵銃一丁で戦車を破壊し、魚雷艇に救助されてからは空母を轟沈させるという大活躍をみせる。

「壯烈台風爆弾」

 1959年に兎月書房から単行本として出版される。

 扉に「製作助手 阿部一夫 米替富子 原作 水木しげる」とあるが、登場する二人の娘が他の絵柄とはまったく違う当時の少女漫画の顔であることからすると、娘を担当したのは米替氏だったのかもしれない(ということは米替氏が『ゲゲゲの女房』で南明奈が演じた河合はるこのモデルか?)。

 真珠湾攻撃ミッドウェー海戦にも参加した空母鳳翔の活躍を描いた98頁の中編。鳳翔ははじめから空母として建造された世界最初の空母だったが、大正11年就役という老朽艦だったので艦隊の最後尾についていくのがやっとで、そのためにミッドウェーでは損傷を受けずにすんだ。

 史実ではその後訓練用空母になり無傷のまま敗戦をむかえたが、本作では第一次ソロモン海戦で囮になって日本軍を勝利に導き、さらにアメリカ軍に奪われた新兵器「台風爆弾」(なんと原爆!)をとりもどすために出動する。クライマックスでは空母サラトガと一騎討ちの戦いになるが、かなり無茶な展開である。

零戦総攻撃」

 1961年に曙出版から武取いさむ名義で出版される。

 アメリカの撃墜王ブラックの挑戦に日本の撃墜王村上が応えて一騎討ちの空中戦をおこなうが、ブラックの正体は実は……という話。この作品も応対に困る。

 B29がひしめく敵飛行場上空で「タコ爆弾」を爆発させ炎上させるというエピソードが出てくるが、綿引勝美氏の解説によると「タコ爆弾」は黄燐を飛びちらせるクラスター爆弾の一種で実戦で使われたそうである(戦果はめったにあがらなかったらしいが)。

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