『ああ玉砕』 水木しげる (宙出版)
6編をおさめる戦記漫画短編集である。A5版と大きい上に貸本時代の作品や単行本化されていない作品が収録されており、宙出版の「水木しげる戦記選集」の中でも特にお買い得感の高い一冊である。
そのためか版元品切中で一部でプレミアがつきはじめている。しかし流通在庫はまだあって、わたしは今月になって新本で手にいれたし、紀伊國屋BookWebでも在庫ありとなっている。人気のある本なので増刷される可能性もなくはないだろう。
「セントジョージ岬―総員玉砕せよ」
『総員玉砕せよ!』の短編版で、長編版刊行の直前、「劇画ゲンダイ」(講談社)1970年8月1日増刊号に掲載された。書き下ろし作品の宣伝という意味もあったろう。
長編版の350頁に対して短編版は32頁に圧縮されている。玉砕から生き残った兵士に待ち受ける過酷な運命を描いているのは同じだが、最後が違う。長編版は実際に近いややこしい経緯が語られているが、短編版は衝撃的な結末でスパッと終わる。こういう展開は現実にはありえないが、この結末で短編版は単なるダイジェストではなくなった。
「硫黄島の白い旗」
1962年に貸本誌「戦記日本」(兎月書房)第2号に掲載。
題名からすると「白い旗」(同題の短編集に収録)の別バージョンのようだが、こちらは「鬼軍曹」シリーズの一編である(『鬼軍曹』参照)。硫黄島に送られた鬼軍曹が獅子奮迅の活躍を見せるが、敗北が明白になった後部下を救うために白旗を掲げ味方から射殺される。
「鬼軍曹」シリーズは「少年戦記」に口直しのユーモア戦記ものとして関谷すすむ名義で掲載されたが、シリーズ最後の作品となった本作は水木しげる名義で発表され、指がもげ首が飛ぶ生々しい話になっている。
「地獄と天国」
「少年ワールド」(潮出版社)1979年1月号と2月号に分載。
水木が戦場で片腕を失いながら生きのびた経緯は『マンガ水木しげる伝』や『ゲゲゲの人生』などで語られてきたが、これは子供向けにダイジェストした中編でエロチックな話は省略されている。
歩哨に立っていたために敵の奇襲から生き残った主人公は死地を突破して中隊に収用されるものの敗残兵としていじめられ、マラリアで倒れる。高熱で寝ているところに敵の上陸があり、砲弾の破片で腕を失う。主人公につらくあたっていた中隊長は自分から輸血を申しでた上、最後のダイハツに乗せて後方に送還してくれる。中隊は全滅し、主人公はまたも生き残る。
主人公はラバウルの野戦病院にいれられるが、薬も食料もとぼしく自分で食物を調達するしかない。歩けるようになると主人公も機銃掃射の危険を冒してジャングルに食料探しにいくが、原住民と仲よくなり歓待されるようになる。兵士は原住民との接触が禁じられており主人公の行動は問題になるが、温厚な軍医がとりなしてくれてことなきをうる。
敗戦になり引きあげがはじまるが、主人公は原住民との暮らしが楽しく現地除隊してジャングルにとどまりたいと言いだすが、親切にしてくれた軍医の説得で日本にもどることになる。
主人公が生きのびることができたのは特異な資質もさることながら、ひどいとはいっても軍隊も人間の集団なので最低限の善意があったからだろう。どんな状況でも楽天的だった主人公の明るさが善意を呼び起こしたのかもしれない。
「駆逐艦魂」
1961年に曙出版から出た単行本版をそっくりおさめる。小学館クリエイティブから出ている『駆逐艦魂 完全復刻版』と同じもので、カラーページが白黒化されているくらいの違いしかない。この作品だけでも値段以上の価値がある。
「海の男―戦艦大和の艦長有賀大佐の最期!!」
1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第2号に掲載。『姑娘』におさめられた「海の男」と扉も含めて同じものだが、版型が大きいので迫力がある。
「戦争と日本」
「小学六年生」(小学館)掲載の〈シリーズまんが現代史〉から戦争の部分を抜きだしたもの。ねずみ男が砂かけ婆に日本の過ちを語るという趣向だが、いわゆる南京大虐殺の20万人説など疑問が出ている説を子供向けの作品で事実のように語るのはいかがなものか。