『水木しげる 恐怖 貸本名作選―墓をほる男・手袋の怪』 水木しげる (ホーム社漫画文庫)
熱烈な水木しげるファンで知られる京極夏彦氏が選んだ貸本時代の名作選である。「恐怖」編、「怪奇」編の二分冊にわかれ、「恐怖」編は10作品をおさめる。どちらか一冊ということなら、「怪奇」編の方を勧める。
京極氏の解説は貸本漫画のシステムを解説しており、いろいろ教えられた。『ゲゲゲの女房』のファンならなるほどと思うことがあるだろう。
「墓をほる男」
1962年に曙出版から単行本として出版された。
世界的に知られる詩人三島ユキ夫がフランスのジャン・コクトオに髑髏を土産にと頼まれ、深夜にこっそり墓を掘りかえし三つの髑髏を手にいれる。翌日、別の土産を買いにデパートにいくが、存在するはずのない四階に迷いこみ……
主人公の三島ユキ夫は三島由紀夫をデフォルメした顔だちで(三島由紀夫はまだ存命)、すくない線でよく特徴をとらえているが、彼を異空間に誘いこむデパートガールは「きいちの塗絵」を福笑いにしたような変な顔である。水木はあれだけ絵がうまいのに、なぜか美少女だけは不得意のようだ。
そのまま「世にも奇妙な物語」に使えそうなストーリーだが、作品としてはどうだろうか。すくなくとも巻頭にもってくるほどの出来とは思えないのだが。
「髪」
1961年に貸本誌「恐怖マガジン」(エンゼル文庫)第2号に東眞一郎名義で掲載。同号にはメインディッシュにあたる「サイボーグ」(「怪奇」編に収録)というSF怪談を水木しげる名義で発表している。こちらはどちらかというとデザート的な作品である。
杉浦は高校時代から若禿に苦しみ、卒業後うっぷんを晴らすために他人の髪を切る理髪師になる。ある日、1日10cmも髪が伸びるという男が店にあらわれ、杉浦は男の毛根を自分の頭皮に移植すれば若禿の悩みを解消できると思いつき……
傑作。水木しげるならではのとぼけた味で笑わせておいて最後は恐怖で締める。まさに名人芸だ。
「永仁の壺」
1960年に貸本誌「恐怖マガジン」(エンゼル文庫)第1号に掲載。
河童の卵のはいった壺を見つけたばかりに大騒動に巻きこまれる言語学専攻の学生二人組の話で、前年に起きた加藤唐九郎の永仁の壺事件がヒントになったのだろうが、怪しげな国宝候補という点以外に事件との共通点はない。
「神様」の語源は「髪様」ではないかという人を食った仮説がはじまりだが、絵は最初から妖気を漂わせ一気に水木ワールドになだれこむ。細密画タッチの画風は一人で描いていた頃から一貫していたことがわかる。
「手袋の怪」
1964年に貸本誌「劇画No.1」(東考社)第2号に掲載。
怪奇作家の五味は怪奇評論社の社長の提供してくれた家に無料で住みはじめるが、宙に浮く手袋があらわれ原稿を書こうとする五味にあれこれ指図して幽霊肯定論を書かせる。原稿を受けとった社長は家のいわれを明かす……。
五味康祐をモデルにしたと思われる狷介な作家が手袋の言いなりになるのが笑える。滑稽味と恐怖のあわせ技は水木の独擅場だ。
「鉛」
1963年に貸本誌「黒のマガジン」(東考社)第4号に掲載。
主人公の学生は子供のいない伯父の家に遊びにいき、酔いにまかせて夫の耳の中に融けた鉛を注ぎこんで殺した女の話をする。数日後、胸騒ぎがして伯父を訪ねると伯母が突然死したと聞かされる。伯父は急速に衰弱して死んでしまい主人公が財産を相続する。伯父の家に移った主人公は中に鉛の玉のはいった髑髏を発見し……。
死相がだんだんあらわれてくる主人公の顔が怖い。
「陸ピラニア」
1965年に貸本誌「忍法秘話」(青林堂)第16号に掲載。
「忍法秘話」は白土三平の忍者ものがメインディッシュで水木はデザート的なコミカルな時代ものを提供した。登場するキャラクターは二人で漫才のボケとツッコミのようなかけあいをする。ボケ役は三太とも三平とも呼ばれる鬼太郎・ガン太郎系のキャラクター、ツッコミ役は水木作品でおなじみの「メガネをかけた出っ歯のサラリーマン」の時代ものバージョン(モデルが同じなので『ゲゲゲの女房』の戌井さんにそっくりだ)。ここには出てこないが、ねずみ男がくわわることが多い。
本作の二人は百姓役で、顔のイボかと思ったら人間を食う
「半幽霊」
1961年に貸本誌「面」(カナリヤ文庫)第1号に掲載。
主人公の水木は漫画家になろうと上京して出版社に原稿をもちこむが一蹴され、代わりに死森という人気怪奇作家の助手にならないかと誘われる。人里はなれた幽霊屋敷のような死森家に住みこんで助手になるが、死森は締め切りが迫っているのに散歩にばかり出て原稿を書こうとしない。散歩にはついてくるなと厳命されていたが、水木はこっそり死森の後を追い……
「安い家」
1963年に貸本誌「黒のマガジン」(東考社)第3号に掲載。
権利金は高いが家賃は相場の1/10という格安の貸家のカラクリとは……
恐怖ものというよりは怪奇ものだが、これは怖い。
「怪忍」
1964年に貸本誌「忍法秘話」(青林堂)第10号に掲載。
トペという抜忍を追って隠家にはいった主人公が出会った怪異とは……
怪異の内容が複雑すぎてあまり怖くない。
「草」
1963年に貸本短編集「砂の巨人」(東考社)に掲載。
朝寝坊つづきで会社を馘になった主人公がやはり馘になった川田とともに
草の細密描写がすごい。一人でよくここまで描きこんだものだ。