『河童の三平』 水木しげる (ちくま文庫)
河童の三平も紙芝居時代にさかのぼるキャラクターで、貸本版は1961年から翌年にかけて兎月書房から8冊出ている。メジャーになってからは「月刊ぼくら」(講談社)に「カッパの三平」として1966年1月号から7月号まで最初の部分が改作され、1968年7月には「週刊少年サンデー」(小学館)で連載がはじまった。「少年サンデー」版も基本的は貸本版を踏襲するが、新たなエピソードが追加されている。
『河童の三平』は漫画でしか描けない世界を描いた傑作で、水木作品が百年先に残るとしたら鬼太郎でも悪魔くんでもなく、これではないかと思う。しかし子供には人気がなかったらしく、あまり本が出ていない。9月に小学館クリエイティブから貸本版の完全復刻版が限定BOXで出るようだが、現時点で入手可能なのはこのちくま文庫版しかない。困ったことに本書は〈全〉とうたっているものの「ふしぎな甕」、「木神さま」、「幽霊の手」、「夢のハム工場」の4話が未収録で、収録作品にも省略部分がある。ページ数の関係だろうが、一冊で出すには無理があったのだ。
第一話「死神」は山奥の村で祖父に育てられている三平が小学校に入学するところからはじまる。父は大学を出たのにぐうたらで行方知れず、母は三平を大学にやるために東京のパチンコ屋に働きにいっている。三平は学校で河童に似ているとからかわれるが、舟で寝ていたところ、本物の河童に同類と勘違いされ河童の世界に連れていかれてしまう。
河童の世界に迷いこんだ人間は殺される決まりだったが、顔が河童そっくりなことから特例と認められ(後に河童の血を引いていることがわかる)、人間の世界に留学する長老の息子のかん平の面倒を見るという条件で帰るのを許される。
人間の世界にもどってみると死神が祖父を迎えに来ていて、ここから死神と三平の腐れ縁がはじまる。三平の努力もむなしく祖父は死神に連れ去られるが、死を悟った祖父が三平を思いやる言葉は惻々と胸に迫ってくる。
祖父を失った後、三平は森の中に隠棲していた父と再会するが、父は三人の小人を三平に託すと死神に連れ去られてしまう。父は滅亡に瀕した小人を生涯をかけて研究していたが、小人を守るためにあえて発表せず、世に隠れて生きることを選んだのだった。
三平は祖父も父も失うが、河童のかん平やライバルの義理がたいタヌキ、父の残した三人の小人、そしてしつこくつきまとう小狡い死神がいるので日常はにぎやかだ。
第二話「空中水泳」では屁を推進力にした河童式泳法で国体に出場し、一冊の長編の分量のある第三話「ストトントノス七つの秘宝」では『指輪物語』ばりの大冒険をくりひろげて、ついに河童大王となる。第四話「屁道」では屁道の二代目に抜擢されるが、最後の「猫の町」では一転して病身の母をかかえて無一文で東京の裏町をさまよい歩き、子供向けの漫画にはありえない方向に転がっていく。うら寂しい結末は記憶に深く残る。
日本ではついこの間まで死は身近なものだった。死んでも無になるのではなく、思いは残るとみんな信じていた。死は人を自暴自棄にするのではなく、残った朋輩を思いやることにつながった。それが老荘とも仏教とも違う日本の風土に根ざした死生観だった。日本人とはなにかを思いだすためにも、本書は広く読まれてほしい。