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『中世イタリア絵画』ルロワ,フランソワワーズ【著】・池上 公平・原 章二【訳】(白水社)

中世イタリア絵画

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本書あとがきにもある通り、フィレンツェトスカーナに比べて他のイタリア半島地域は正当な評価を受けていないと思う。美術館収蔵作品は別としてイタリア美術旅行の醍醐味はイタリア半島の中小都市を巡ることにあると言っても過言ではないだろう。美術館はせわしない。もちろん可能なら、ではあるが、絵は本来あった場所で見たほうがいいし、美術館の中を遠足のように歩くよりは、一枚の絵を見るために時間をかけてもレンタカーでドライブしたりして一枚のフレスコをずっと眺めているほうが幸せである。

有名な作品をざっと挙げてみると、シモーネ・マルティーニの「グリドリッチオ・ダ・ファブリアーノ騎馬像」、アンブロージョ・ロレンツェッティの「善政と悪政」、ドゥッチオの「マエスタ」(これらは何れもシエナ)、ピエロ・デラ・フランチェスカ「聖十字架伝説」(アレッツオ)、ジョット「スクロヴェーニ聖堂のフレスコ画」(パドヴァ)、ルカ・シニョレッリ「最後の審判」(オルビエト)、ピサネロ「聖ジョージ」(ヴェローナ)、マンテーニャの天井画(マントヴァ)、モンレアーレのモザイクなどまだまだ枚挙に暇がない。中でも宗教的情熱をもって当時最も熱狂的に迎えられたのはシモーネ・マルティーニ、チマブーエ、ジョット、ピエトロ・ロレンツェッティの連作フレスコ(アッシジ)でイタリア中世絵画はこの作品において頂点に達すると言っていいだろう。

Timothy Hyman (Sienese Paintings, Thames and Hudson)の指摘によればシエナ派などはスーラやデ・キリコの現代性を感じさせる構図を持っている。ルネサンスの影に隠れて見過ごされがちな美術ジャンルであるが、中世美術とルネサンスを結ぶ意味でも、何よりその類まれな美的価値によって注目を集めるに相応しい。イタリア=ルネッサンス、だけではなく、その前後の画家も貴重で美しいし、ヴァザーリの「ルネサンス画人伝」も私にとっては、「続」の方が「正」よりも(最も英語版などでの区分は白水社の日本語訳とは異なっているが)個人的には貴重である。

本書はエミール・マールのダイジェスト版(「ヨーロッパのキリスト教美術」岩波文庫)にも似た味がある。クセジュ文庫の小著であり図版がなくビザンティンから国際ゴシックまでの時代をかなり駆け足で紹介しているので、一部は余りにも簡略な記述で、歴史についてなどは他の参考書を参照する必要があるが、美術作品の分布とその製作背景の紹介として網羅性が高く非常に優れた書物だと思う。私はこれまでむしろ図版が不備な本に非常に強い影響を受けてきた。図版はあるがいい加減?な手書き模写のバルトルシャイティス「幻想の中世」、白黒写真がむしろ未見の映画への空想を掻き立てる蓮実重彦「映像の詩学」や芳賀書店の「シネアルバム」シリーズ(イタリア映画の巻のパゾリーニが鮮烈だった)など。イメージの不足がかえって異国文化への想像をたくましくしてくれた。

(林 茂)


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