『青の歴史』ミシェル・パストゥロー(筑摩書房)
「青だけでなく、西洋における色彩の歴史」
西洋の絵画における青というと、すぐにフェルメールを思い出したりするが、ぼくたちが簡単に考える色一つにも長い歴史があることを教えてくれる興味深い書物だ。西洋の歴史においては長い間、色材の「三原色」が黄色、マゼンタ、シアンであることは知られていなかった。色の位置は構造的に決まっていたのであり、赤、白、黒が基本的な三つの色だった。
赤とは染めた色であり、白とは染めていない清純な色であり、黒とは染めてなくて汚れた色だというのが基本的な考え方だったのだ。デュメジルの西洋社会の三つの原則もこの色の規則で表現できるくらいであり「中世盛期まで、色に基づくすべての社会規範と表象体系の大半がそれを中心して組織されていた」(13)のである。構造主義の理論と同じ形で色の表象体系も決定されていたのは興味深い。
ところでキリスト教においても色は重要な問題だった。イスラーム教との聖画論争をまつまでもなく、色はその象徴的な役割から、さまざまに議論されてきたのだった。キリスト教の世界で特に重要だったのは、色が光であるか、それとも物質であるかということだった。光であれば、それは聖なるものであり「神性の発現」だが、物質であれば「人間が被造物につけくわえた無意味な工夫」(46)だということになる。ステンドグラスから差し込む光は神的な色であるが、物質だとすれば、「覆い、化粧、虚栄であり」(48)、神の家からは追放すべきものとなる。宗教改革が教会にもたらした影響も、この視点からもみることができるだろう。
後に西洋の社会では排除すべき者や有徴の者を指定するためにさまざまな色が使われるが、青色だけはなぜか使われなかった。そのために人々は青を好んで衣服に使ったようだ。そして一三世紀頃に青にとっての革命の時代がくる。著者は色の歴史の書物を頼まれた際に、赤を希望したが、出版社からぜひ青にしてほしいと懇願されたという。西洋では青はそれほど威信の高い色になっていったわけだ。
青は王や貴族が好んで使っただけではない。聖母マリアの絵の傑作の多くが青を使うようになったのだ。こうして「青は聖母の特別な色彩アトリビュート」(56)となった。ただし聖母の色は青だけではない。バロックとともに金と金メッキの聖母が流行し、そして無原罪のお宿りの教義が一八五四年に定められると、純潔を意味する白がマリアの色となる。このように色の歴史の背後には、形而上学と神学の歴史が浮き彫りになっている。
だからこの書物は青だけでなく、さまざまな色の歴史についても考えさせてくれるのだ。フェルメールの青の秘密もちょっぴりとのぞける楽しさがある。映画『真珠の耳飾りの少女』でも染料の混合の難しさが描かれていたが、染料を使うのは特殊な職業だったのだ。たんに色の象徴的な意味だけでなく、皮なめし工と染め物師の川水の利用の争いなど、中世の生活の一部をのぞく楽しみもある。図版も豊富だが、それだけにフランス版のオールカラーがみたくなってしまう。でも、それは別の楽しみということにしておこう。
書誌情報
■青の歴史
■ミシェル・パストゥロー著
■松村恵理,松村剛訳
■筑摩書房
■2005.9
■249p ; 22cm
■4-480-85781-8
■4300円