『新版 現代政治理論』キムリッカ,W.(日本経済評論社)
「アメリカの政治理論のよくできた見取り図」
この書物は『現代政治理論』と題されてはいるが、あまり正確ではないかもしれない。あくまでも英米の、というよりもアメリカの政治理論の分析と考察なのである。フランスの政治理論もドイツの政治理論もほとんど視野に入っていない。しかしローカルなだけに、アメリカの論争については、きわめて詳細に分析されている。
アメリカではロールズが『正義論』を発表したことで、政治哲学に関する議論が急に活発になった。この書物でもこれを避けて通ることができないために、第二章で功利主義、第三章でロールズとドゥオーキンの「リベラルな平等」理論、第四章でノージックなどのリバタリアニズム、第五章でマルクス主義、第六章でサンデル、ウォルツァー、マッキンタイヤ、ベル、テイラーなどのコミュニタリアニズムと、さまざまな議論を紹介している。
すでに有名になった論争だが、本書はきめ細かに議論を追跡しているし、著者がリベラルとしての立場を明確に示して、さまざまな議論の批判をしているために、見取り図がきわめてわかりやすいものとなっている。コミュニタリズムからの反論にたいして少し議論を修正したロールズの姿勢を不思議がるほどだ。
著者はロールズ以降のアメリカの政治哲学の基本的な立場は、「共同体のすべての成員は平等者として処遇されるべきだ」(p.542)という「平等主義的な土台」にあり、これに基づいて、さまざまな議論の動向を判断できると考えている。これはアメリカの政治哲学の分析の土台としては適切なものであり、ぼくたちの直観的な道徳感にもふさわしいものであるために、適切な視点だと思う。
この土台に立つことで、さまざまな議論について、直観的な支持と反感のありかを見定めながら考察を進めることができる。ときには、あらゆる客に無愛想なウエイターと、ほとんどの客に愛想よく接するが、黒人にたいしては無愛想なウェイターのどちらかがましかという「究極の選択」のようなところまで考察が入りこむこともある。「後者は総体としてみると、より多くの品位を示しているかもしれない」ものの「特定の集団にたいする態度はリベラルなシティズンシップの最も基本的な規範を脅かす」(p.467)というのである。
最後の二つの章は、この新版になって新たに追加されたところである。第八章の多文化主義の考察はナショナルな少数派、移民集団、孤立主義的な民族宗教的集団、外国人居住者(不法滞在者のことだ)、アフリカ系アメリカ人のそれぞれの事例について、ていねいに考察されていて、かりやすい。この章ではアメリカの事情だけではなく、ヨーロッパの事情も検討されている。
第九章のフェミニズムの理論は、その政治的な意味だけに考察を限らざるをえないので、ごく原理的なところにとどまっているのは、仕方のないところだが、少し不満を感じるところである。それでも包括的な入門書として、大いに役立つ書物になっているのは間違いのないところだろう。
【書誌情報】
■新版 現代政治理論
■キムリッカ,W.【著】
■千葉眞、岡崎晴輝【訳】
■日本経済評論社
■2005/11/10
■620,95p / 21cm / A5
■ISBN 9784818817708
■定価 4725円