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『マヴァール年代記(全)』田中 芳樹(創元推理文庫)

4488592015 →紀伊國屋書店で購入

 あまりにも有名な田中芳樹の作品であるが、一般的にはどのシリーズを最初に手に取るのであろう? 私の場合は、大学で政治学の講義を取っていたとき「政治を理解したければ、『銀河英雄伝説』か『ゴルゴ13』を読まなければだめだ」と言われたのがきっかけだ。『ゴルゴ13』はちょっと絵柄が自分好みではなかったので、『銀英伝』にした。その後、ずぶずぶと田中ワールドにはまっていったのだが、私はこの作家の描く架空歴史絵巻の側面に強く惹かれていたのだと思う。
 『銀河英雄伝説』はいわゆるスペースオペラ(宝塚という説もある)、『アルスラーン戦記』はファンタジィと(一応)分類されるし、実際その種の作品たらしめるコードがちりばめられているが、田中のこうした作品群を貫く本質は、英雄たちの野心と知謀が高密度に渦巻く、絢爛豪華な歴史絵巻である。
 近年はともかく、初期の田中作品はどれもが濃密なプロットと流麗な筆致に彩られ、作品として高い水準にある。何を読んでも「外れ」を引くことはないが、歴史絵巻である以上、できれば完結していて欲しいと願うのが人情である。その意味で安心してお薦めできるのが本書である。田中作品のシリーズものでは奇跡的に完結した作品である。『アルスラーン戦記』と比べると魔導系のコードが引かれている分、より人間の構成する歴史の部分に没入できるであろう。
 それにしても、『銀河英雄伝説』(外伝の5~6巻は?)、『アルスラーン戦記』(14巻完結の予定が延びるんですか?)、『タイタニア』(敢えて聞くまい)など、田中芳樹の宿題は数多い。せめて『アルスラーン戦記』と『創竜伝』の完結は目にしたいと思う今日この頃である。

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