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『S,M,L,XL』(未邦訳)レム・コールハース<br><font size="2">O.M.A, Rem Koolhaas and Bruce Mau, 1995, <I><br>S,M,L,XL</I>, Monacelli Press</font>

S,M,L,XL

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●「サイズからコンセプトモデルへ:「ビッグネス」と「スモールネス」」

「巨大な」本

 『S,M,L.XL』という本書のタイトルは、展示や住宅を「S」、ホールやオフィスビルを「M」、巨大公共建築を「L」、都市計画を「XL」というように、対象の意味をあえて問わず、規模(サイズ)に還元して論じるというコンセプトを端的に表現している。1000ページを超え、物理的な意味で「巨大」な本書の外観は、「書物」というより「ボリューム」であり、著者のコンセプトを視覚的に補完するものとなっている。

コンセプトであり、マニフェストでもある「ビッグネス」

 本書のキーワードのなかでも「ビッグネス」は本書で展開されている議論の全体を貫くコンセプトかつマニフェストである。

 本書によれば、「ビッグネス」の理論は5つの定理からなっている。簡単にまとめると、1.一定の臨界容積を超えると建物は巨大ビルとなり、単一の建築的操作、もしくは複数の操作の複合によってすら管理できなり、建物の各部分が自律することになる。2.「エレベーター」の出現により、従来の建築の方法に変化をもたらした。3.巨大さのもとでは中身と覆いの距離がますます広がるため、ファサードはもはや内部で起こることを外へ表すことはない。4.サイズが巨大化するだけで、建物は善悪を超えた非道徳の領域に突入してしまい、そのインパクトはその質と関係がない。5.従来のスケール、建築学的構成、伝統、透明性、倫理からの逸脱し、巨大さはいかなる組織の一部にもならない。(p499-502)というものである。そして、それは巨大プロジェクトを進めていくうえで、普遍的に出現する問題であるという。

 それはコールハースがニューヨークのマンハッタンを過密な状態を観察することから導きだされた概念であると同時に、自身の建築にも応用されている。コールハースはここで、建物が巨大になり、中味が複雑になり、無理なままひとまとめにしようとすると、内部と外部を一致させようとする近代主義的な方法や論理は崩壊してしまうさまを批判している。

 たとえばフランス国立図書館計画(1989)ではあらゆる記憶媒体の保管庫を巨大な立方体の塊としてつくり、その塊の内部に主要な公共スペースを複数の「ウ゛ォイド(建築の不在、空っぽの空間)」(p602)として浮かべている。「ウ゛ォイド」は卵形のものやチューブ、螺旋状のものがくっついたり、離れたり、ときには交差している。これらのウ゛ォイドはエスカレーターによってお互い結びついている。クンストハル(1987)では単純な箱のなかに斜路や建物を貫通する外部通路が折り畳まれることでホールやオーディトリアム、展示場を設け、建物全体にサーキュレーションを生み出している。それらのスペースはさまざまな素材、部材の唐突な混在によって異様な光景を生んでいるのだが、それらの雑多なシーンはスロープによって滑らかにつながれている。

 これらの建築は単純な外形によってできているが、内部では自律した各部分が複雑に結びついていて「ハイブリッド」で「不均一」なものになっており、「偶然性」を引き起こそうとする。これらのプロジェクトは、現実の都市のようにさまざまな空間があり、さまざまな出来事が隣と無関係に起こるといったより流動的な都市の状況や、建築プログラムが複雑かつ巨大になるといった「ビッグネス」を建築空間のモデルとして置換する試みでもある。

ジェネリック・シティ」

 建築と都市が限りなく並列的に描かれる本書において、「ビッグネス」と並んで重要な概念として示されているのは「ジェネリック・シティ(無印都市)」である。さまざまな欲望がマンハッタンに摩天楼の過密状態を出現させたように、急激な都市化によって「ビッグネス」の風景が世界中でみられようになった。これは移動や情報交換が容易になった流動化する都市の風景である。

 コールハースは「無印都市は本格的な多人種都市である。」という。「たとえば北へ向かうキューバ移民と南へ向かうユダヤ人たちがぶつかり合い、混合しあうと、いきなり居住地ができる無印都市の誕生である。」「無印都市はいつも移動中の人、いつも前に進もうとしている人びとによってつくられる」(p1252)それは長い歴史を経て出来上がった都市ではない。「ジェネリックシティ」は「アイデンティティ」から自由になった都市である。「歴史はない。大きいから誰が住んでもいい。簡単で手間いらず。」「ハリウッドの映画セットと同様、この都市のアイデンティティは毎週明け新しくつくりなおされる。」(p1249) 

 フランスのリール市におけるユーラリールのプロジェクト(1994)はTGVの開通に伴って計画された投機的な事業である。「800,000平方メートルに及ぶ都市機能空間−ショッピングセンター、オフィス、駐車場、新TGV駅、ホテル、ハウジング、コンサートホール、会議場−を120haの城郭跡に建設する構想である。」(p1160)「アイデンティティ」が強固である歴史的な都市を有しているヨーロッパでは、新たな都市化を受け入れる場所が既存の都市にはほとんどない。こういったヨーロッパ的状況が都市の周縁部にこのような急激な都市化を引き起こしている。後年の「MUTATIONS」展やOMAと共同して都市構想を行ってきた「AMO」の諸リサーチへと展開されていくこうした問題意識は、本書において萌芽的に描かれている。

「ビッグネス」と「スモールネス」

 東京の現在の風景をみてみると、「六本木ヒルズ」や「東京ミッドタウン」のような大規模開発が行われている一方で、戸建て住宅だけでなくアパートや雑居ビルといった小規模な建物で埋め尽くされており、「ビッグネス」のみでは説明できない状況が生まれていることに注目することができる。その状況は、本書『S,M,L,XL』のようにそのスケールの差異に着目することで、「ビッグネス」に対する「スモールネス」として捉えることができるのではないか。「ビッグネス」と同様に5つの特徴をあげてみよう。

 1.西洋の都市空間でみられるような壁を共有したアタッチドな建ち方とは異なり、建物どうしが間隔を空けたディタッチドな建ち方を採ること。2.そして、個別のライフスタイルや趣味が都市空間に直接的に影響を与えること。3.さらに、小ささと独立した建ち方ゆえに容易に建て替えが可能であり、都市空間が固定化せずに少しずつ更新されていくこと。4.なお、更新されやすいがゆえに異なる年代の建物が混在すること。5.また、ディタッチドな建ち方ゆえに隙間が多く空間的に非完結であり、また更新性のために時間的にも非完結であること。

 このような小ささゆえに引き起こされる独立性、個別性、更新性、多様性、非完結性は「トウキョウモデル」として抽出できるものだ。「ビッグネス」と「スモールネス」を比較してみると、流動化の激しい現実に対して、「ビッグネス」では分裂的な状態によって応え、「スモールネス」ではメタボリックな状態によって応えようとするものである。両者は現実の都市の現象から原理、原則をとりだし建築に応用し、また都市の空間や現象を生成させる方法である。こうした方法に着目することで、その原理/現象のサイクルのなかから都市と建築の批評的な視点を獲得するというロールモデルとして、本書は読まれうるだろう。

(能作文徳)

・関連文献

『建築文化:レム・コールハース/OMAの楽しい知識』vol.50 no.579、彰国社、1995年

『OMA/レム・コールハースジェネリック・シティ』、TN Probe、1995年

Rem Koolhaas, Delirious New York: A Retroactive Manifesto for Manhattan, Monacelli Press, [1978]1994.(『錯乱のニューヨーク』、鈴木圭介訳、ちくま学芸文庫、1999年)

・目次

Fore Play

Exodus, or the Voluntary Prisoners of Architecture/ Delirious New York

Small

Less is More/ The House That Made Mies/ Dutch Section/ ±13,000points/ Learning Japanese/ Worth a Detour/ Obstacle/ Only90°Please/ Imagining Nothingness/ The Terrifying Beauty of the Twentieth Century

Medium

Field Trip (A)A Memoir/ Revision/ Shipwrecked/ Final Push/ Cadavre Exquis/ Typical Plan/ Byzantium/ Globalization/ Vanishing Act/ Islam After Einstein/ New Rotterdam/ Life in the Box?/ Neue Sachlichkeit/

Large

Bigness, or the problem of Large/ Soft Substance, Harsh Town/ Indeterminate Specificity/ Dirty Realism/ Working Babel/ Bifurcation/ Strategy of the Void/ Weird Science/ Last Apples/ Darwinian Area/ Passion Play/ Organization of Appearances/ Palace of the Soviets/

Extra Large

The White Sheet/ Atlanta/ Las Vegas of the Welfare States/ Unlearning Holland/ Congestion Without Matter/ Elegy for the Vacant Lot/ Their New Sobriety/ What Ever Happened to Urbanism? / Surrender/ Dolphin/ Singapore Songlines: Thirty Years of Tabula Rasa/ Tabura Rasa Revisited/ Side Show/ Quantum Leap/ Programmatic Lave/ The Generic City

P.S. Unraveling

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