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中村隆英『明治大正史』(東京大学出版会)

Theme 1 歴史の転換点

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東京大学出版会から上下二巻の明治大正史が出るというので、ここ数年維新史を意識的に読んでいた自分は、とりあえずこれを購入した。定価以外の情報をろくに確認しなかったのは版元への信頼ゆえだが、悪い先入観もあって、「歴史の声が聞こえる名講義」(帯)といっても東大出版会の本である。堅い本だろうと思った。これは読み始めて早々に裏切られる。とにかく読みやすく、面白い。史学者ではない書き手ならではの自由闊達さがあり、描かれる出来事の相関や人物像が印象的だ。著者専門の経済は勿論のこと、政治、文学や芸術にわたる深い知識を、柔らかい口語調で自在に操る。ユニークな初歩的概史としても読めるが、すでに種々の歴史書を読んできた読者のほうが、本書の真価を理解し楽しめるのかもしれない。語りの細部にも引き込まれる。治安維持法とバーターで普通選挙法を成立させた若槻礼次郎平沼騏一郎に関する短い記述など、軽妙なだけにその後の悲惨を考えると余韻を引いたし、外債で日露戦争の戦費を調達した高橋是清を「借金をして子爵になったのは高橋だけです」と評したくだりには、思わず笑った。3年前に逝去された著者が1993年に大佛次郎賞を受賞した『昭和史』に馴染まれた方も多いかもしれない。私を含め未読の向きには、時間軸に沿って読めるという特権がある。本書のあとはぜひ、『昭和史』へと読み進めたい。

みすず書房 中川美佐子・評)

※所属は2016年当時のものです。