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龍應台『台湾海峡一九四九』(白水社)

Theme 1 歴史の転換点

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「切ない」という言葉に、どこまでの深さと重みが込められているのかわからないが、本書を読み進めていくとき、心の中に動き続ける感情はありったけの「切なさ」、まさに胸を締めつけられる思いだ。頁をめくるたびに一体どれだけの人が死んだであろう。1945年までの抗日戦争でも多くの犠牲者を出し、一瞬の歓喜を感じただけで国民党軍と共産党軍による国共内戦が始まり、同胞同士が激しい戦闘を繰り広げる。ある人は志願し、ある人は突然さらわれて兵士に仕立て上げられ前線に送られる。生徒・学生は疎開のため長い流浪を強いられる。戦場では「殲滅」戦が行われ、街を徹底的に包囲して大量の餓死者がうまれる。流浪の過程では事故死や体力が尽きての悔しい死が待っている。そして、それらの周りには、夥しい数の別れがある。親との、家族との、恋人との、そして故郷との。
想像を絶する苦難を乗り越えて生き残った人たちの膨大な証言で成り立つ本書は、激動の世界史の一面を深く語っただけでなく、人間の存在そのものへの認識を大きく揺さぶる。「訳者あとがき」でも指摘されているように「単純なジャンルに収まりきれない豊かな作品」であり、まさに「文学」として読まれるべきものだ。現代に生きるわれわれは、ここに書かれたものから徹底的に想像力を働かせ、過酷な歴史に放り込まれた個々の人びとの痛みや苦しさ、悔しさに寄り添う必要があるだろう。

東京大学出版会 黒田拓也・評)

※所属は2016年当時のものです。