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阿部公彦『小説的思考のススメ』(東京大学出版会)

Theme 11 たくらみを読み解く

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小説が読めない人が増えているという。本書の冒頭で著者自身が日本文学に対して近づきがたい臭気を感じていて、小説が読めない一人だと告白している。著者は日本文学の専門家ではない。「『いちいち説明してらんねえよ』とやりすごされてきた部分にこそ注目しようと思いました」と著者は書いている。徹底して読者目線なのだ。大学教授らしからぬ物言いにひきつけられる。英文学の研究者だからこその新鮮な目で、小説の言葉の「気になる部分」を違和感としてキャッチし、なぜ気になるのかを考え、さまざまな発見をしていく。

違和感がある文章は完璧な文章ではない。変に繰り返しが多かったり、助詞が正しく使われていなかったりして、読者にとっては心地よさが壊れる部分でもある。つまり、文章としては破綻しているのだ。なぜ太宰の『斜陽』の描写はバカ丁寧なのか? なぜ漱石の『明暗』は堅苦しくぎごちない表現を繰り返しているのか? 志賀直哉から吉田修一までの近現代文学11作品を取り上げ、違和感に注意して読んでいくと、作家の迷いや動揺から小説の仕掛け全体までが見えてくる。作家の個性まで浮かび上がり、日本文学の表現の豊かさを実感させられる。違和感を覚える自分の感覚を大切にしながら作品を読み進めることこそが、読者の読む力へとつながっていくというメッセージが効いている。「小説的思考」を本書で体感してほしい。

白水社 杉本貴美代・評)

 ※所属は2016年当時のものです。