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デイヴィッド・ロッジ『小説の技巧』(白水社)

Theme 11 たくらみを読み解く

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この本のカバーにはゴッホの「小説を読む人」が使われている。書斎で本に見入っている女性の像なのだが、これは本書の考え方を象徴している。すなわち小説家というのは、ゴッホの作品に描き出されているような想像の世界への没入を読者に体験させる存在であり、そのためにはある世界観を共有してもらうように説得しなければならない。そして、その説得には「小説の技巧」が何より必要とされるというわけだ。

本書は、一般読者にも興味を持って読んでもらえるような形での小説の技法や歴史について書かれている。したがって「メタフィクション」「間テクスト性」のような専門用語だけでなく、「天気」「電話」といった日常的な事柄にも着目していて、そうした多様な主題の50章によって構成されている。もとが新聞連載なので各章が短くまとまっており、どんどん読み進められるのも魅力である。

とはいえ、技法上の諸ツールを伝えるだけのマニュアル本ではない。学者であり小説家である著者が、英米小説の名作を引用しつつ、実際にどのような仕掛けがなされているかを解き明かしてくれるので読んでいて楽しい。さらには、訳者二人による名訳も十分に味わえる。

小説の技術的な知識を持てば、同じテクストでも読み取れる情報量が増えるだろう。つまり、小説をもっと面白く読めるようになるのだ。これからも古典として読み継がれるべき一冊である。

東京大学出版会 小暮 明・評)

 ※所属は2016年当時のものです。