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宇野重規『未来をはじめる』(東京大学出版会)

Theme 1 他者とともに生きる

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「誰でも、何でもいうことができる。だから、何をいいうるか、ではない。何をいいえないか、だ」。本書を読んで、この長田弘さんの詩を思い出しました(「魂は」『一日の終わりの詩集』みすず書房)。
正直、「お先真っ暗」な世の中です。いいことよりも悪いことの方が多いかもしれません(歳のせいか斜陽業界のせいか……)。さらに政治や経済の本をつくっていると、ますます暗く、深刻になります。そしてそんな本で書店は溢れています。
本書では、そうした本にありがちな「人への嫌悪や憎しみといった負の感情を……煽っていく傾向」は微塵もなく、「何をいいえないか」慎重に配慮しながら政治について語っています。また、「悲観的なことを言う方が知的である」という社会的気分を思想史という視角から見事に相対化しています。
本書はもともと高校での講義から生まれた本です。同じジャンルでは、加藤陽子『それでも、「日本人」は戦争を選んだ』(朝日出版社)が知られますが、大人の「学び直し」の側面もひとつの特長になっています。これに対して、本書は「生き直し」を読者に提案します。そうはいっても、それは上からの押し付けではなく、「弱いつながり」への着目や「切断」のすすめといった生き方の流儀です。コロナ禍を受けてますます納得の新・幸福論です。

白水社 竹園公一朗・評)