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『The commoner』John Burnham Schwartz(Nan a Talese)

The commoner

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美智子様をモデルとしたアメリカの小説」


 1959年、美智子様が当時皇太子だった明仁親王と結婚をした。その時、僕は10歳にもなっていなかったが、ふたりを乗せたはでやかな馬車のパレードは鮮明に記憶している。白黒のテレビに映し出された美智子様の笑顔は子供心にもきれいだと感じたものだ。

 あれから約50年が経ち、いま皇室に関するニュースが時々日本のメディアをにぎわせている。

 少し前、オーストラリアのジャーナリスト、ベン・ヒルズが雅子様と皇室の世界に関する本『Princess Masako : Prisoner of the Chrysanthemum Throne』を書いたが、今回紹介する本はアメリカの作家による美智子様をモデルにした小説だ。

 長い伝統を持ち一般庶民の暮らしとは別世界であり、閉ざされたイメージがある日本の皇室は、海外でも人々の興味の対象となっているようだ。

 この作品の主人公ハルコは聖心女子大学卒業後にテニスの試合を通じて皇太子に出会い結婚を申し込まれる。父親は娘が皇室に入り自由を失うと恐れ反対をするが、ハルコは結婚を決意する。こうして、一般庶民から初の妃殿下が誕生したのだ。

 物語の中盤は皇室内のしきたりや力関係、周囲の人の悪意により自由を失っていくハルコの姿が描き出される。男子の子供を身籠ることを期待され、それが彼女の唯一の役目となる。そうして無事男子の世継ぎヤスヒトを産むと、次はヤスヒトをどう育てるかの争いが生まれる。皇室内での自分の無力さを味わい、ハルコは精神障害を起こし声が出なくなってしまう。

 この精神障害から立ち直るが、彼女の心はすでに永遠に損なわれてしまう。

 「I have no philosophy left. What I have instead is a very full schedule, day after day. The sad truth is I’ve become merely a pragmatic person.(私にはもう哲学など残っていません。その代わり、私に残されたものはくる日もくる日も続く予定がいっぱいに詰まった日々です。私はただの合理的な人間になったに過ぎません)」とハルコは語る。

 それから数十年後、皇太子となったハルコの息子ヤスヒトはハーバード大学を卒業し外交官として活躍するケイコに恋をし、彼女をお妃として迎えたいと希望する。

 この結婚の申し込みにヤスヒトが失敗したならば国民は彼をもう許さないはずだと感じハルコは、彼女と同じように一般人から皇室に入ろうとするケイコと話し合いの機会を設ける。

 ケイコはヤスヒトとの結婚を受け入れるが、そこで彼女を待っていたものは、やはり閉ざされた皇室の世界だった。同じ一般人から皇室の世界に入ったハルコがケイコになにをしてあげられるか。ケイコはある決心をする。

 日本の皇室を舞台にしたアメリカの小説は、しっとりとした文章の中に際立った残酷さが漂う作品だった。


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