『Portrait of a Killer : Jack the Ripper - Case Closed 』Patricia Cornwell(Berkley)
「パトリシア・コーンウェルの力作ノンフィクション」
取材や調査に400万ドルとも600万ドルともいわれる物凄い費用をかけたノンフィクション。
お金を出したのはもちろん著者のパトリシア・コーンウェル自身だ。コーンウェルは、1956年フロリダ州マイアミ生まれ。バージニア州監察医局に所属し州の死体公示所で6年間勤務した経験を持つ。90年にスクリブナー社から出版された『Postmortem』(検屍官ケイ・スカーペッタ・シリーズ)がエドガー賞を含む六つの賞を取る大ヒットとなった、世界中に多くのファンを持つ人気推理小説作家だ。
ちなみに、彼女が人気作品の検屍官ケイ・スカーペッタ・シリーズで受け取るアドヴァンス(前払い出版契約料)は一冊につきだいたい900万ドルだという。しかしこの『 Portrait of a Killer: Jack the Ripper - Case Closed』はノンフィクション作品なのでアドヴァンスの金額はどのくらいなのかは定かではない。
コーンウェルが追ったのは1888年にロンドンで起こった切り裂きジャック事件。その年の4月から11月までに同一犯人により少なくとも5人から7人の女性が殺されたとされるもので、犯人は特定されていない。迷宮入りになった連続殺人事件として、いまでも有名な事件だ。コーンウェルは犯人をつきとめるべく独自の調査・分析チームを雇い入れ現地に乗り込んだ。
切り裂きジャック事件は、被害者女性の頚部を切り、子宮や腎臓を持ち去り、警察に「その肉を食べた」という手紙を送り付けるというセンセーショナルなものだった。
コーンウェルは、100年以上前の捜査では不可能だった切手や封筒からのDNA鑑定や、コンピューターによる特殊な画像データ処理などの手法を駆使し犯人を特定している。
彼女が犯人であるとしたのは英国の印象派画家であるウォルター・シッカートという人物だ。
もちろんシッカートはすでに死亡し、被害者たちの検死をおこなった医師もこの世にはいない。全ては状況証拠であるが、シッカートの手紙と犯人が警察に送り付けた手紙に使われた紙の透かし文字が一致していることや、シッカートの行動範囲が犯人と重なるなどの証拠を積み重ね説得力のある結論を導き出している。
しかし、この本の読みどころは、謎説き部分だけではない。
事件の事実だけを追った作品ならば、謎説きが最大の読みどころだが、著者は犯人の殺人手口などもつまびやかに再現させる。このあたりは、さすが検屍官シリーズを書く作家だけあり、描写が細部におよびかなり血なまぐさい。ナイフが身体に入る角度や深さなどの描写や、犯人が闇に隠れ背後から背中を刺し、声が出ないように頚部を切るなどの説明は、時には生々しすぎて、背筋が凍るような恐怖が身体に走る。
シッカートの心理分析や生い立ちの調査も入念におこない、何故シッカートが連続殺人を犯したかの動機にも迫っている。随分暗い街として描かれているが、当時のロンドンの街の様子も分かるので、その楽しみもある。
読み応えがあり過ぎて犯行のイメージが数日間は脳裏に残る。パワフルで面白い作品だ。