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『ミャンマーの女性修行者ティーラシン-出家と在家のはざまを生きる人々』飯國有佳子(風響社)

ミャンマーの女性修行者ティーラシン-出家と在家のはざまを生きる人々

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 21世紀になって、ティーラシンはミャンマービルマ)全土でそれまでの2万人台から急激に増加し、数年間で倍になった。尼僧院も、約3000ヵ所存在する。ティーラシンとは、ビルマ語で「戒(ティーラ)の保持者(シン)」を意味するように、「髪を下ろし在家の生活を捨て尼僧院や僧院で起居しながら、持戒し宗教的生活を営む女性を指す」。しかし、ティーラシンは、ブッダが認めた正式な出家者である比丘尼ではなく、在家のカテゴリーに含まれる。剃髪しているが、具足戒を受けた正式な出家者にしか許されない緋色の衣にたいして、薄桃色を基調とする衣を纏っている。現在のミャンマーでは、比丘尼は認められていない。


 「上座仏教において明確に区別される出家と在家のはざまで、彼女たちはどのように生き、出家生活をとおして何を目指すのか。本書はミャンマーのティーラシンに焦点をあてながらその宗教的実践や生活を示すとともに、彼女たちが宗教者として目指すものを追うことで、上座仏教社会にみられる多様な宗教的実践の一端を解明することを目的とする」。


 本書は、4節からなり、その内容はつぎのように「はじめに」の終わりにまとめられている。「第一節ではまずティーラシンとはどのような人々なのかを明らかにし、続く第二節で出家動機の変遷を軸にティーラシンの歴史について述べる。それにより、女性の出家の持つ意味が時代によって変化していることを示した上で、第三節では宗教者としての自らの価値を高めるためティーラシンがどのような努力をしているのかを、教学尼僧院における生活から明らかにする。最後に、近年国際社会で顕著な比丘尼サンガ復興運動がミャンマーの宗教界に与える影響を第四節で扱い、まとめを提示する」。サンガとは、ブッダを師と仰ぐ出家者集団のことである。


 本書の出発点としての素朴な疑問のひとつである「彼女たちはなぜ出家するのか」にたいして、著者は「問題設定そのものに誤りがあった」として、「彼女たちは比丘尼という正式な出家者として認められないにもかかわらず出家するのではなく、ティーラシンという出家と在家そして男性と女性のはざまのポジションを、誇りを持って敢えて選択していたからである」と、「にもかかわらず出家するのではなく」と「敢えて選択」に強調の傍点を打って答えている。そして、最後に、「仮にミャンマーのサンガが比丘尼サンガ復興を支持する立場を表明し、社会もそれを受け入れたとき、果たして最も保守的な彼女たちはどのような選択をするのだろうか。今後もその動向を注視する必要があるだろう」と結んでいる。


 ミャンマーという国は、1988年以来軍事政権下にあって、その実態がなかなか見えてこない。そのようななかで、「ビルマらしさ」を求めて調査・研究する人びとがいる。本書も、その成果のひとつで、ミャンマーの人びとの日常生活と切っても切り離せない上座仏教とのかかわりが描かれている。とくに本書でとりあげられたティーラシンは、聖俗の境界に生きることから、世俗社会との関係にも敏感である。著者、飯國有佳子が注視するのも、個人主義的な価値観や男女平等といったものを超えた「ビルマらしさ」が見えることを期待しているからだろう。


 世界から孤立しているかのように見えるミャンマーでも、確実に新たな動きがある。本書第四節でとりあげられた比丘尼サンガ復興運動も、国内だけでなく海外からの影響がある。これからミャンマーの人びとが選択すること、とくに「最も保守的な」ティーラシンが選択することは、ミャンマーだけの問題ではなく、わたしたちの将来と密接に結びついているのかもしれない。その意味で、2007年9月に起こった軍事政権にたいする仏教徒の抵抗で、薄桃色の衣を纏ったティーラシンの行進する姿を、どう理解したらいいのかも書いてほしかった。


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