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『世界を動かす海賊』竹田いさみ(ちくま新書)

世界を動かす海賊

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 映画のタイトルにもなるように、「海賊」ということばからロマンと冒険をイメージする人がいるかもしれない。だが、その被害に遭うと考えると、そのようなイメージは吹き飛んでしまう。海賊の被害は国益に影響し、わたしたちの生活にも響いてくる。一刻も早く「退治」しなければならないと考えるのが当然であり、本書もそのような趣旨で書かれている。それだけでいいのだろうか? 本書を読んで、考えてみたい。


 本書の要約は、表紙見返しにつぎのように書かれている。「海賊事件は遠いアフリカだけの出来事ではない。アフリカ大陸はいま資源開発で活況を呈している。資源のほとんどすべてを海外に頼る日本にとって死活問題である。海賊の出没ポイントはソマリアに限らず、重要な航路や地政学でいうチョークポイントに集中する。公海だけでなく国境をまたぐ彼らの取り締まりは一国では対処できないため、国際連携が進められている。海賊問題は、資源開発や援助、国際犯罪の取り締まりと複雑に絡み合って進行している。海賊を考えることは、日本の国益を考えることに直結するのだ」。


 本書の目的と構成は、「序章 海は日本の生命線」で、つぎのように書かれている。「本書は、わが国が依って立つ「海」の平安と繁栄を阻む、現代の「海賊」という脅威について解き明かそうとするものである。海賊問題を重層的かつ多角的に検証しながら、総括し、未来への展望を提示する」。「本書の構成は以下のとおりである」。「第一章では、世界の「海」が抱える「危険」について分析と検討を試みる」。「第二章では、海賊事件の実態を詳述し、海賊の正体をあぶりだす」。「第三章では、世界各国、および日本が取り組む海賊対策を概観し、海賊退治のための処方箋を提供していく。最後に、アフリカにおける天然ガス採掘をめぐり、海賊対策への各国のアプローチが新たな局面を迎えたことに言及したい」。


 そして、その提言とは、「具体的には水産業、流通業、天然ガス開発の三分野における起業が考えられる」、としている。第1の提言は、「ソマリア沖は世界的にみてもマグロの有数な好漁場であり、ソマリア本土をマグロ漁の水産基地にすることで、ソマリア海賊を漁師に、そして水産業者へと変身させることが可能となる」。「ソマリア海賊は遠洋航海のノウハウも持っており、マグロ水産業の振興は荒唐無稽のお伽噺(とぎはなし)ではない。ソマリア海賊の犯行の手口にみる特色は、ソマリア沖のアデン湾、紅海、さらに広大なインド洋西部、さらにアラビア海まで広域で海賊行為を働いていることである。こうした遠洋航海のノウハウを、海賊行為に使うのではなく、水産業で発揮できる雇用の機会を創出することこそが、ソマリア海賊を根絶するための有力な手段になるのではないかと考える」。


 第2の提言は、「ソマリアをアフリカ北東部における流通基地として整備し、密輸に加担してきたソマリア人に流通という就業機会を提供することである」。「ソマリアは破綻国家のため、中央政府、警察などの治安機関、軍隊、税関なども存在せず、通関という概念がない。ソマリア人からみれば、単なる商品の国際的な移動に過ぎず、「密輸」ではないということになる。ソマリア人が介在して、パキスタン周辺国から小型兵器や薬物を、アラビア半島や東アフリカ諸国などの第三国に許可なく持ち込めば、それはやはり「密輸」が成立していることになる」。「ソマリアの海賊ビジネスを消滅させていく上で、密輸に加担したソマリア人が多数存在することを踏まえ、彼らを合法的なビジネスに活用して雇用機会を創出する工夫も必要ではないだろうか」。


 第3の提言は、「ソマリア沖の海底に眠るとされる豊富な天然ガスを開発することで、海賊問題を解決する糸口が見えてくる」。「東アフリカ諸国の沖合で、海底から相次いで天然ガスが発見されたことにより、国際社会がソマリア海賊問題へ取り組む姿勢にも変化が見られるようになった。当初は洋上における海賊の軍事的な制圧に力点が置かれていたが、二〇一一年前後から、ソマリア本土における治安の回復、イスラム過激派アル・シャバブの掃討作戦、暫定政府から中央政府への移行、人道支援としての経済インフラの整備などが、俄に大きな課題となった。英国を中心としたヨーロッパ諸国、ケニアエチオピアを軸としたアフリカ諸国、国連の専門機関がソマリア本土に関心を寄せ始め、何かが「動き」始めた」。


 そして、つぎのことばで、本書を終えている。「今後はソマリア海賊対策を構想する際に、資源関連などで進出する関係国の動向を注視し、こうした関係国の政策的な意図を冷静に判断しつつ、ソマリア海賊対策を構想する必要がある」。


 なるほど、国益を考えた提言として、納得できる。ところで、「海賊」の定義であるが、序章の最後でつぎのように確認している。「国連海洋法条約(正式名称「海洋法に関する国際連合条約(United Nations Convention on the Law of the Sea)」、一九八二年採択、九四年発効、日本は九六年に承認・批准・公布)の第一〇一条「海賊行為の定義」では、「公海」(on the high seas)」や「いずれの国の管轄権にも服さない場所」において、「他の船舶若しくは航空機」に対して、「私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的(private ends)のために行うすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為」を、「海賊行為(piracy)と定義している」。


 海賊を不法行為と捉える前提で、本書も議論を展開しているが、本書でも「密輸」という不法行為を行為者は「不法」とは感じていないことが紹介されている。同じように、「海賊」も「海賊」自身は、不法とは感じていない。ビジネスの一形態と考えているから、利益に見合うだけの装備を充実し、投資もおこなう。「不法」と捉えなければ、理解できることも多い。つまり、不法と考える国連加盟国と、それとは無縁の地域や社会の常識で動いている集団がいて、双方の利害が対立していることから、問題になっているといえよう。ならば、強大な軍事力や経済力を背景とした前者主導で解決しようとすれば、そこには大きな歪みが生じる。後者の社会的自立を大前提とした解決を模索する必要があり、それには前者に対応できる後者の人材を育てることからはじめなければならないだろう。時間はかかるが、結局はいちばんの早道になるだろう。どちらにも忍耐が必要で、それをいかに支援していくかが課題となる。


 本書では、「国益」「資源」ということばが飛び交っている。今日の紛争のはじまりも、それがいっこうに解決しないのも、「国益」「資源」絡みではないだろうか。「国益」「資源」から離れた立場で、「海賊」を合法といわないまでも不法とは考えない発想はないのだろうか。


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