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『ジヴェルニーの食卓』原田マハ(集英社)

ジヴェルニーの食卓

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印象派の画家達の光と影」

 当たり前だが、画家も人間である。しかし、私たちは絵を通してしか巨匠達の姿を垣間見ることはできない。マティスドガセザンヌ、モネ、印象派の画家達は若い時を、そして晩年をどのように過ごしていたのか。それぞれの作品にはどのような背景が隠されているのか。浮世絵の影響を受けたことで知られる印象派の芸術家達の人生の一部を、身近に存在した者の視点から描いた作品が、原田マハの『ジヴェルニーの食卓』だ。

 晩年のマティスを熱い視線で眺めているのは、家政婦のマリアだ。ニースに住むあるマダムの家で働いていたマリアは「オテル・レジナ」に住むマティスの元に使いに出され、それがきっかけでマティスのところで働くことになる。彼女が運んだマグノリアを生ける花瓶を選ばされて「マグノリアのある静物」の翡翠色の花瓶を偶然選ぶ。幼い頃絵が好きだったマリアは、素人にしては慧眼の持ち主だった。マティスはその時84歳。

 ある時ピカソマティスを訪問する。マリアは二人の至福のひと時を目撃する。マティスが亡くなっても、ピカソは連絡もよこさず葬儀にも来ない。何故ならピカソの中で、マティスはまだ死んでいないからだ。マリアの中のマティスも死んではいない。ピカソ家へマグノリアの花を届けた後、マリアはヴァンスのロザリオ礼拝堂へ行く。マティスの制作したステンドグラスを通して光を浴び、彼女は「先生」の存在を感じる。そして修道女になる決心をする。マグノリアの花を軸にした、ニースの光と青を肌に感じる美しい小品だ。

 ドガの肖像は、アメリカ人画家メアリー・カサットによって語られる。新たな作品を生むための苦しみを「闘い」と言うドガ。まだ幼い踊り子をモデルに彫刻を制作する。ドガが生前発表した唯一の彫刻作品『十四歳の小さな踊り子』だ。踊り子にまつわるエピソードを、その作品を初めて見たときの「足下から寒気が突き上げてきたあの感じ」と共に紹介している。ドガはこの彫刻により踊り子が有名になり、エトワールとなることを夢見た。第六回印象派展に出品されたこの作品は、「気色の悪い、醜い人体標本」と酷評され、買い手もつかなかった。晩年のメアリーは画商のはからいによって、ドガの死後アトリエに残されていたこの作品と再会することになる。

 「タンギー爺さん」では、語り手はゴッホによる肖像画で有名な「タンギー爺さん」の娘である。彼女がセザンヌに書く手紙という形で、多くの画家が登場する。タンギー爺さんは、画材店を開いているが、売れない貧乏画家でも絵が気に入ればどんどん絵の具を都合してやる。代金を払えない画家達は、自分の絵を代わりに爺さんの店に置いていく。そうして、ピサロ、モネ、セザンヌゴッホゴーギャン、スーラ、ベルナール等の「売れない」絵が爺さんの店に飾られることになる。その後爺さんが死んだときに、遺族は生活費のためにこれらの絵を競売にかけるのだが、驚くような安値でしか売れない。今ならば売り上げは天文学的数字になるのではないかと思うと、絵画の値段というのは理不尽なものだ。

 手紙の中ではセザンヌの苦しい生活が色々と語られる。幼なじみのエミール・ゾラとの確執も。セザンヌの素晴らしさを語るゴッホゴーギャン、ベルナール達は、自分たちは「セザンヌの息子」だという。タンギー爺さんは、この才能ある若き画家達を早くセザンヌに紹介したくてたまらない。野心家の若い画商が爺さんに尋ねる。「あなたが、今後、いちばん伸びると目星をつけている画家は、どの画家ですか」爺さんはセザンヌのリンゴの絵を持ってきて言う。「この画家はポール・セザンヌといいます。わしは無数の画家たちの絵を見てきたが、この画家は、誰にも似ていない。ほんとうに特別なんです。いつか必ず、世間に認められる日がくる。世間が彼に追いつく日が」

 ジヴェルニーでのモネとの日々を語るのは、モネが再婚したアリスの連れ子であるブランシュだ。モネの作品のモデルにもなっているが、なによりもブランシュはモネと初めて会った11歳の時から、彼の助手を務めている。外へ絵を描きに出かけるとき、彼女は手押し車に絵の具やイーゼルを積んでお供する。画家が絵を描いている背中を見守っているのが、この上なく好きなのだ。結局彼女は、モネの先妻の息子と結婚するが、母と夫が亡くなった後ジヴェルニーのモネの元へ戻り晩年の大作「睡蓮装飾画」の完成を応援する。

 『ジヴェルニーの食卓』には印象派の絵に見られる光が溢れている。そして光があれば影がある。美しい絵は、楽しく明るい精神から生まれるとは限らない。画家達の織りなす人生の光と影が、一枚の絵のように浮かびあがってくる「印象的」な作品だ。


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