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『ぼくらの頭脳の鍛え方』 立花隆&佐藤優 (文春新書)

ぼくらの頭脳の鍛え方

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 分類からいうと読書案内ということになろうが、副題に「必読の教養書400冊」とあるように、すぐに役に立つ本ではなく、教養というか知の基礎体力をつけるための指南書である。

 同じ方向の本としては立花氏の東大での講義をまとめた『脳を鍛える』や週刊文春の「私の読書室」をまとめた三冊の読書案内がある。まだ読んでいないが、佐藤氏の『功利主義者の読書術』も同じだろう(わざわざ「功利主義」を謳っているのは例によって逆説に違いない)。

 本書には四つの百冊リストが掲載されている。一つは立花氏、佐藤氏の書棚から選んだ百冊で、ざっとみたところ絶版本が半分近くあるのではないか。もう一つは書店で買える文庫と新書から選んだ百冊で、半年ぐらいは注文すれば入手できるだろう。

 この四つのリストをもとに対談が進んでいくが、第二章あたりからどんどん脱線していく。『ロシア 闇と魂の国家』の佐藤氏は猫をかぶっている印象だったが、本書は立花氏が相手なので行儀の悪い話がふんだんに出てくる。

 たとえば佐藤氏は政治の本質は中江兆民キンタマ酒だという。

佐藤 昔、赤坂の料亭で、鈴木宗男さんの前で「おしめ換えてくれ」とやる東大卒のキャリア官僚がいた(笑)。お腹を出すことによって、政治家に無限の忠誠を誓うんです。若い国会議員でも、「先生の前では隠すものはありません」と言って、素っ裸になって、オチンチンを股にはさんで、山本リンダの「こまっちゃうナ」を歌っている場面も見ました。こういう官僚、政治家たちの姿を見たので、中江兆民キンタマ酒がやはり政治の本質だと思うんです。

 佐藤氏は外務省幹部から毛嫌いされているようだが、こんな場面を見られていたら煙たくなるのも当然だ。

 喫茶店は陰謀の温床になるのでスターリンはつぶしたが、バルト三国には残っていたので独立運動の拠点になったという話も興味深い。立花氏が今の東京は昔ながらの喫茶店が全滅したが、スターバックスドトールでは陰謀をめぐらす雰囲気がないとまぜっかえすと、佐藤氏はmixiに喫茶店の機能が移転したのではないかと指摘する。mixiで知りあった人たちがオフで公民館で会合するというのがこれからの陰謀のスタイルだというのだ。

 雨宮処凜氏と勝間和代氏はどうも誤解していたようだ。彼女たちの本にはあいかわらず食指が動かないが、世に言われているほど軽薄な人ではないらしい。意外だったのは土井たか子氏が皇室を認めていたことだ。バカ左翼の典型と思いこんでいたが、現行憲法は欽定憲法の改定という立場であり、護憲にしても九条だけの護憲ではなく、象徴天皇制を定めた一~八条すべての護憲だそうだ。最近、福島瑞穂党首がまともな発言をしていると話題になっているが(鳩山氏や岡田氏があまりにも幼稚なので、それとの比較でましに見えるだけかもしれないが)、社会主義協会ガチガチだった旧社会党を一応社民政党にしたのは土井氏の功績なのかもしれない。

 佐藤氏の事件に懲りて、外務省が有能なノンキャリアが生まれないようにシステムを変えたという話には呆れた。情報活動にあたっていた国際情報局を格下げして人数と予算を減らし、さらに三年ルールを作ってノンキャリアもどんどん動かすようにした。これでは人脈などつくれず、外交戦が戦えるわけがない。実際日本は外交戦に負けつづけているというが、省内秩序と外務省の省益を守るにはこれが一番なのだそうである。

 『国家の罠』に担当検事から役人はほどほどにやっていればいいのだと言われた佐藤氏が「それじゃ外交ができない」と反論すると、「そういうことはできない国なんだよ。日本は」と決めつけられる条があったが、どうも事態はもっとひどいことになっているらしい。日露の要人が会談するとロシア政府の公式ホームページに発言記録が掲載されるが、日本側発言には「通訳されたまま」という断り書きがついていることが多いのだという。これは日本の外交官による通訳のロシア語がひどくて理解不能という意味で、日本語にそのまま訳すと「あんたさん、ロシアの大統領さんだった。あたい、日本の首相だった。そのとき、二人話して、うまくいった。うまくいったのは何? それ、戦略的行動の計画ね」という感じだそうである。

 「通訳されたまま」という断り書きがついているかどうかは多少ともロシア語の知識があればわかるから、この指摘の通りなのだろう。日本はもうお終いだ。

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