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『淡島千景―女優というプリズム―』 鷲谷花&志村三代子編 (青弓社)

淡島千景―女優というプリズム―

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 昨年新文芸座淡島千景特集のおりにおこなわれたトークショーで彼女の生の話を聞いた。高齢の映画人のトークショーは何度も聞いてきたが、なかなか言葉が出てこなかったり記憶があやふやだったり、中にはぼけているのではという人もいたが、淡島千景は違った。85歳という年齢にもかかわらず打てば響くように答えを返す頭の回転の速さに舌を巻いた。記憶も確かで、活字に起こせばそのまま文章になるような折り目正しい日本語に驚嘆した。おそらく本書のインタビューもほとんど話したそのままなのではないだろうか。

 わたしは『夫婦善哉』さへ見ていなかったので淡島千景を特に意識したことはなかったが、この特集で代表作をまとめてみてファンになった。

 本書は第一部に300ページ近い淡島千景のインタビューと編者たちのコラム、第二部に淡島をよく知る淡路恵子氏と垣内健二氏(母子二代にわたる淡島のマネージャー)のインタビューと森繁久也氏の談話をおさめ、巻末に詳細な年譜を付している。

 淡島は宝塚出身ということと関西を舞台にした映画が多いので関西人というイメージがあったが、日本橋生まれのチャキチャキの江戸っ子である。実家は羅紗問屋で芸能界につながりはなかったが、末弟の中川雄策は永田雅一の紹介でディズニープロで修行しアメリカのアニメ界で一家をなしたという。

 昭和9年東京宝塚劇場こけら落としを見て宝塚に夢中になり、宝塚いりするがデビューは昭和16年。関西一円の駐屯地に慰問に出かける毎日だった。軍隊の慰問公演なのに追っかけがいたというのだから、さすが宝塚である。

 宝塚では演出家や脚本家が出征したので、長年事務をやっていたような人が脚本を書いたり演出をしたりしていた。戦後もしばらく指導者不在がつづいたので物たりなく思っていたところ、月丘夢路から映画は教えてもらえるので面白いといわれ映画界いりを決意したという。

 映画界いりで動いたのはファンの垣内田鶴だった。彼女は女実業家であり、後に大松博文からバレーボールの選手を預けられるような女丈夫だったから松竹と専属契約を結ぶ際にも一流の監督と組ませることという破天荒の条件を押しこんだ。渋谷実監督の作品でデビューしたらずっと渋谷組の俳優としてあつかわれるのが普通だった時代、淡島はこの契約条項のおかげで名だたる監督の作品に出演することができた。

 インタビューはデビュー作となった『てんやわんや』から代表作について聞くパートにはいるが(なぜか『シベリア超特急』まではいっている)、さわりの部分を上映しながら話を聞いている。場面説明とスチール写真はついているが、この本の読者でもすべて見ている人はなかなかいないだろうから話題になっている場面を集めたDVDがついたらどんなによかっただろう(録音もCD化してつけてくれたらもっといい)。

 読めば読むほど見ていない作品が多くて欲求不満がつのってくる。またどこかで淡島千景特集をやってくれないだろうか。

 インタビューの間にはさまれたコラムであるが、にわか淡島ファンとしてはたじろぐようなディープな内容である。「宝塚娘役スタートしての淡島千景手塚治虫リボンの騎士』」は従来、宝塚の男役をモデルにしたとされるサファイアが実は淡島千景をモデルにしていたという考證で、景迷のいたりといったところか。「淡島千景獅子文六」は今では忘れられたに等しい大作家の業績に光をあてた好文章で文六作品を読んでみたくなった。「渋谷実『もず』と淡島千景」は評価がいまひとつの『もず』の再評価の試みだが、直前に『女優 岡田茉莉子』で『もず』騒動の顚末を読んでいたので、騒動にまったくふれないのはいかがなものかと思った。「二階の女の闘争」は時代劇論で、時代劇にとっては淡島は異分子だったという指摘が新鮮だった。

 淡島千景ファン第一号を自認する淡路恵子氏のインタビューは宝塚時代の淡島が熱っぽく語られていて貴重である。共演作も多いが、別の角度からの証言なので面白い。現マネージャーの垣内健二氏のインタビューは文字通り舞台裏の話で、映画会社との駆引や母田鶴の築いた人脈、稽古場での淡島千景などこれもおもしろい。

 巻末の年譜は労作だが、欲をいえばフィルモグラフィーと索引もほしかった。

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