『パランプセスト―第二次の文学』 ジェラール・ジュネット (水声社)
『アルシテクスト序説』にはじまるテクスト論三部作の第二作で、文学テクストの相互関係を論じている。ジュネットは文学テクストの関係を五つの類型に分類している。
- 1 相互テクスト性(intertextualité)
引用、剽窃、暗示のように他のテクストの一部が逐語的に存在している場合(クリステヴァの間テクスト性と言葉は同じだが内容は異なる)
- 2 パラテクスト(paratexte)
表題、副題、章題、序文、後書、前書、傍注、脚注、後注、エピグラフ、挿絵、帯、表紙等々、本文に付随するテクスト
- 3 メタテクスト性(métatextualité)
引用することなしに他のテクストを批評したり注釈したりする場合
- 4 イペルテクスト/イポテクスト(hypertexte / hypotexte)
後続テクストと先行テクストの関係
- 5 アルシテクスト性(architextualité)
『アルシテクスト序説』で論じられたジャンルの帰属関係
本書が主題とするのは四番目のイペルテクスト/イポテクストの関係だが、この対になる語は表題のパランプセストに由来する。
パランプセストとは再利用された羊皮紙をいう。羊皮紙は貴重品だったので、前の文書のインクを削りとって次の文書を重ね書きするということがよくおこなわれたが、前の文書は完全には消えず、肉眼でも判読できる場合が多かった(光学処理をすれば前の前の文書やその前の文書も判読できる)。ジュネットは文学テクストの相互関係を羊皮紙の重ね書きになぞらえ、先行するテクストを
(イペルテクストは英語読みすればハイパーテクストだが、インターネット的な意味合いはなく単にテクストの先後関係を意味するにすぎない。パランプセストも同様でデリダがあたえたような深遠な意味あいとはまったく無関係である。)
イペルテクストは先行するイポテクストの何らかの特徴を受け継ぐ。つまり広い意味での模倣である。ジュネットは『ミモロジック』で現実を模倣する言語を論じたが、本書ではテクストを模倣するテクストを考察しているのである。ミモテクストやミメチスムという造語も登場する。
ジュネットは広義の模倣に翻訳や翻案、脚色、改作、要約も含め、対象となる作品を映画や演劇などにも広げ、『カサブランカ』とそのパロディであるウッディ・アレンの『ボギー!俺も男だ』、『ハムレット』とその脇役を主人公にした『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』の関係まで俎上に載せている。
広義の模倣は似せることに力点を置いた狭い意味での模倣と、ずらすことに力点を置いた変形にわかれる。本書は80章からなるが、39章までが模倣、40章以降が変形となる。
先行テクストの何を模倣するのか、変形するのかも問題となる。大きくわけると文体か、内容かになるが、特定作品・作家の模倣・変形と、傾向の模倣・変形がある。傾向の模倣・変形の場合、先行テクストがはっきりしないこともある。騎士道小説を模倣した『ドン・キホーテ』のようなケースである。特定作家を模倣・変形する場合には自分自身を模倣・変形する場合も含まれる。通常、自己模倣というと悪い意味になるが、ジュネットが例に上げているのはプルーストとジョイスである。『ドン・キホーテ』第二部は第一部が世に広く知られているという事実を織りこんで書かれているので、自分自身の模倣という面をもつ。
ジュネットは分類の網の目をどんどん細分化していき、恐るべき博識によって空欄を埋めていく。要約とダイジェストが違うといわれてもピンと来ないが、要約は多かれ少なかれ注釈の面をもちメタテクスト的であるのに対し、ダイジェストは先行テクストとの関係についてふれないのでメタテクスト性をもたないとして、メアリーとチャールズのラム姉弟による『シェイクスピア物語』を例にあげている。『シェイクスピア物語』を位置づけるにはこうした枠組が必要なのである。
オーソドックスな文学史や伝記では脚注で片づけられる話題がかなりの紙幅をとってとりあげられているのも本書の魅力だ。ランボーの「魂の狩り」という題名だけ伝わる失われた作品の偽作があらわれ、フランス文壇を騒がせたという話は有名だが、その詳しい経緯を本書ではじめて知った(なんとNHKのフランス語講座を担当していたあるニコラ・バタイユ氏が偽作の犯人だった!)。ヴァレリーのもとに「海辺の墓地」をわかりやすく書き直してもちこんだファンがいたという話を読んだことがあったが、その実物にもお目にかかることができた。
クリステヴァの間テクスト性理論の哲学的アクロバットと較べると地味だが、ジュネットのテクスト理論は二千五百年になんなんとする人類の文学の歴史の核心にあるテクストからテクストを作るという営みにさまざまな角度からくまなく光を当てており最後には圧倒される。テクスト論に関心のある人にとっては必読の書であろう。