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『13歳の娘に語るガロアの数学』 金重明 (岩波書店)

13歳の娘に語るガロアの数学

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 方程式の研究は16世紀に急激に進んだ。まず3次方程式の解法が発見され、すぐに4次方程式が解かれた。次は5次方程式だが、多くの数学者が挑戦したもののどうしても解けなかった。そこで解けない理由があるのではないかという疑いが出てきた。

 5次方程式が加減乗除と√では解けないことを証明したのはノルウェイのアーベルだが、どういう方程式なら解けるのかという証明がまだ残っていた。

 方程式の問題を最終的に解決したのは17歳のガロアである。彼は単に方程式が解ける必要十分条件を示しただけでなく、証明の過程で無限の問題を有限のモデル(群)に落としこんで解決する手法を編みだした。これがガロア理論で、現代数学のもっとも強力なツールとなっている。

 今日大学でガロア理論をとりあげる際は、アルティンの『ガロア理論入門』(ちくま学芸文庫)のように、まず抽象化された群論を教え、最後にその応用として方程式論にふれるそうである。ガロア理論は方程式論からはじまったが、方程式が解けるか解けないかは今では単なるおまけなのだ。

 書店でアルティンの本をぱらぱらめくってみたが、とうてい歯が立ちそうにないので、中学生にもわかるという『13歳の娘に語るガロアの数学』を読むことにした(高校生を想定した結城浩数学ガール ガロア理論』も読んだが、一長一短である)。

 著者の金重明氏は『算学武芸帳』で朝日新人文学賞した小説家である。和算ものの時代小説を得意としているが、『戊辰算学記』という小説にガロア理論を盛りこもうとしたところ、読者にはわからないという理由で編集者にばっさり削られてしまった。その捲土重来を期して書かれたのが本書である。

 講義パートに娘との議論パートがつづく体裁だが、執筆の際は講義パートを書きあげるごとに中学一年生だった娘さんに読ませ、その時のやりとりを議論パートに活かしたという。

 アルティンの本は著者も挫折したそうで、本書は歴史的な流れに沿う形で話を進めている。第1章で2次方程式を復習し、第2章では3次方程式と4次方程式の解法が出てくる。4次方程式は3次方程式におろすところまでだが、ややこしい数式がつづく。4次方程式まで引っ張りだしたのは著者の趣味だろう。

 放りだしそうになったが、和算家が代数学に向かわなかったのはなぜかという話題が出てきたので興味をつなぐことができた。

 和算家は求積問題を追求して微積分の一歩手前まで行ったが、代数学では目だった成果を上げていない。その理由は算盤だそうである。和算家は3次方程式でも4次方程式でも、算盤を使ってたちどころに近似値を出すことができた。算盤で簡単に近似値を出せたので、原理的な解法を探求したり、数学を抽象化したりする方向には向かわなかったわけだ。

 第3章ではラグランジュの分解式が出てきて群論につながるが、この部分がわからなかった。式の展開はついていけるし、

 方程式を解くとは、体の立場で言えば、係数の体Qにその体の元の巾根を添加して、方程式の根を含む体に拡大していくことを意味していた。

という条は視界が一気に開ける感動を覚えた。しかし

代数方程式が巾根で解ける、つまり

  X^n=A

をつぎつぎに解くことによって解けるのは、根の置き換えによってその巾根の間を動いていくような値を見つけることができたからだ、ということを発見する。

という条はわからない。もっと説明してほしかったと思う。

(余談だが、通常「冪」ないし「囂」と書くところを著者は「巾」と書いている。和算ものの時代小説を書いている著者だけに和算の伝統にしたがったのだろう。)

 群の説明はあみだくじや15ゲーム、ルービックキューブを例にしている。ルービックキューブを例としたのは、根の置換えが120通りもある5次方程式を説明するためだが、必要以上に難しくしてしまったのではないか。4次方程式の解法同様、著者が趣味に走ったのではないかという気がする。

 第4章でいよいよガロア理論となるが、わたしの場合ラグランジュの分解式の理解があやふやなので、論旨は追っていけたが、あやふや感が消せなかった(もちろん、すらすらわかる人もいるだろう)。

 ガロアの生涯についても語られているが、研究が進んでいない段階で書かれた『神々の愛でし人』に寄りすぎている。ガロアの伝記に興味のある人は加藤文元『ガロア 天才数学者の生涯』(中公新書)を読んだ方がいい。

 本書はわたしには難しかったが、5次以上の方程式が代数的な方法では解けないということの意味について、以下の条ははじめて腑に落ちる答えをあたえてくれた。

 前に数の拡張を考えるとき、実数を有理数無理数に分けた。そしてそのときには無理数として √2 のような巾根を考えた。しかし今の結果は、無理数の中に、巾根であらわすことのできない数が無数に存在することを示している。

 ただ、今発見した「巾根で表現できない数」も、代数方程式の根であるという重要な手がかりがあり、まったくわけのわからない数というわけではない。実は無理数の中には、代数方程式の根では表現できない数が無限にある。そのような数を「超越数」と読んでいる。円周率πは代表的な超越数だ。

 実数は数直線上に並んでいる。

 どんなに近い有理数を取ってきても、その真ん中には別の有理数がある。つまり、有理数はぎっしり詰まっている。

 その有理数の隙間に、巾根であらわされる数が無限にある。さらにその隙間に、巾根であらわすことのできない代数方程式の実数根が存在する。そこまででも想像を絶するのに、さらにその隙間に、超越数がこれまで考えたいかなる数よりも濃密に存在するというのだ。

 眩暈がしてくるようなビジョンだが、5次以上の方程式の解法がないとはそういう意味だったのである。

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