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『太平記』 さいとう・たかを (中公文庫)

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 「マンガ日本の古典」シリーズから出ているさいとう・たかをによる『太平記』である。

 漫画だから吉川英治版をもとにしているのかなと思ったが、そうではなかった。オリジナルの『太平記』をかなり忠実に漫画化というか、劇画化しているのである。

 怨霊話だらけの第三部を短くするとか、軍勢の数の誇張や史実との違いを注記するとかいったアレンジはほどこしてあるが、ほぼそのままなのだ。

 詠嘆調の場面や、クライマックスの場面では原文が書きこんであって、禍々しい字面が迫力をいや増しに増している。意味はわからなくとも絵を見れば一目瞭然だから、古文が不得意な人は擬音の一種と思えばいい。

 巻ごとに起承転結があって、ぐいぐい引きこまれる。古典の漫画化としては大和和紀の『あさきゆめみし』と双璧をなすかもしれない。

 順に見ていこう。

 上巻は後醍醐帝即位から鎌倉幕府滅亡までを描く。後醍醐帝は鎌倉幕府打倒を画策するが、正中の変で発覚し、臣下は流罪になり、自身も隠岐に送られる。しかし楠木正成千早城と赤坂城に幕府の大軍を引きつけて執拗に抵抗をつづける一方、一の皇子である大塔宮が還俗して吉野に逃げこみ、各地の武将に挙兵をうながす令旨を送る。

 奇策をくりだして鎌倉の精鋭を翻弄する楠木正成に幕府の権威は地に落ち、同時多発的に謀反がはじまる。ついに幕府側の大将だった足利高氏が後醍醐側に寝返り、朝廷を監視してきた六波羅探題を打倒する。

 関東では新田義貞が蜂起し、鎌倉に向かって進軍を開始するや軍勢はどんどん膨れあがり、死闘の末に鎌倉を陥落させる。

 楠木正成笠置山に参じる前夜、後醍醐帝が南面の大木の夢を見たエピソードや、児嶋高徳が桜の木に「天莫空勾践時非無范蠡」と彫りこんだエピソード、新田義貞稲村ヶ崎に刀を投じて、海を引かせたエピソードなど、第二次大戦までは誰でも知っていた挿話が一通りおさえられている。

 中巻は後醍醐帝還御から湊川の戦いに敗れた楠木正成が自刃するまでを描く。

 革命の後に内訌がはじまるのは世の常だが、建武の中興はあまりにもひどすぎた。後醍醐帝があまりにもいい加減だった上に、側近がどうしようもなかった。大塔宮と足利尊氏の間で修復不可能な権力闘争がはじまると、後醍醐の寵姫、阿野廉子の画策で大塔宮は関東に流されてしまう。

 そこに北条残党が蜂起する中先代の乱が起こり、足利直義は鎌倉から一時退去するが、どさくさにまぎれて大塔宮を斬首してしまう。

 足利尊氏が大軍を率いて中先代の乱を納めるが、今度は尊氏が朝敵にされ、いったんは西に潰走したものの、九州で勢力を盛りかえして捲土重来を果たす。

 桜井の別れから湊川の戦いにいたる条は一番の見せ場であり、泣かせどころである。NHK大河ドラマの『太平記』では楠木正成を武田鉄也にやらせ、中小企業のオヤジのような雰囲気にしていたが、本作ではゴルゴ風の二枚目に描かれている。

 大河版では網野史観がかなりはいっていたが、本作では伝統的な見方に徹している。

 下巻は後醍醐帝の再度の都落ちから足利尊氏の死までを描く。足利政権内部で高師直の専横が目立つようになり、とうとう直義と間に権力闘争がはじまり、観応の擾乱に発展する。ここまでくるとぐちゃぐちゃで、何がなんだかわからなくなるのであるが、それでも戦いつづける人間の業にやるせない気分になってくる。

 師直の専横の例とされる塩谷判官のエピソードが後に『忠臣蔵』の元になったのはご存知の通りである。塩谷判官の妻が入浴する姿を覗く場面もちゃんと出てくる。

 すべてのエピソードを描くには五巻くらい必要だが、これ以上詳しく描いては逆にドラマ性が薄れるだろう。三巻にまとめた本作はうまくバランスをとっていると思う。

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