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『2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する』 『エコノミスト』編集部 (文藝春秋)

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する

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 英国の『エコノミスト』誌が総力をあげておこなった未来予測で、原著は2012年に出ている。

 冒頭で「世界人口にまつわるトレンドは、残りの章のほとんどに影響を与える」と宣言しているように、人口動態論による予測が軸となっており、それに各分野の専門家が肉づけしていくが、英国人らしい意地悪な見方がちらついていて笑える。

 目覚ましい経済成長は年齢別人口構成の出っ張りが労働年齢になった時期に起こるという人口ボーナス説を採用しており(1982~2000の強気相場はベビーブーム世代が最も稼いだ年代と重なる)、現在は中国が、次はインドが人口ボーナスを享受すると予測している。

 中国の人口は2025年に14億人でピークをむかえ、2050年には労働力不足になる。中国は現在は退職者を7.9人で支えているが、2050年には2.2人になる。日本ですら2.6人だから、中国は日本をしのぐ超高齢化社会になるのである。

 2050年時点で依然として高い人口増加をつづけるのはアフリカに限られるが、富裕国も貧困国も年齢別の人口構成は同じパターンに収斂していき、平均寿命70歳、家庭に子供は2人に落ち着く。

 2050年の時点で世界は三つのグループにわかれるだろう。

1. 被扶養者率が低く、中位数年齢が40歳以下

アフリカは若年の失業問題がリスク。中東は教育水準が高いので中産階級が育つ可能性がある。インドは中国よりも人口配当を長く享受しつづける。

2. 被扶養者率が20%以下、中位数年齢が40~48歳

中南米と東南アジアだが、アメリカは出生率上昇でこのグループに。

3. 被扶養者と労働年齢の成人がほぼ同数、中位数年齢52.3歳

高齢化社会の筆頭は日本と中国で欧州がつづく。中国は男あまりで花嫁を輸入しはじめる。

 文化も経済の影響を受ける。現在、中国経済の好調とオイルマネーで美術品は西洋から東洋に流れており、中国と湾岸諸国では美術館建設ラッシュが起きているが、「彼ら(湾岸産油国)が美術品を買うのは、金を使い果たしたあと、観光客の誘致で食べていくためなのである」と皮肉な見方をしている。

 音楽の国境がなくなるというのは錯覚で、どの国でも地元の言葉で歌う地元のメロディーを好む傾向は変わらない。

 出版社・新聞社・レコード会社は文化の門番役と組織的マーケティング力のおかげで生き残るだろう。純粋な電子出版はニッチな現象にとどまるとしている。

 言語については英語の一極支配がつづく。中国語は漢字がネックになり、英語を凌駕することはない。

 宗教は経済成長と教育の普及でゆっくり衰退していく。2050年には信者数は増えているが、宗教の世俗化が進み、信仰を絶対視する原理主義的勢力は退潮する。最終的に地球を受け継ぐのは無宗教の勢力だという。

 アメリカではバイブル・ベルト地帯の人口増加などで宗教が影響力を増しているように見えるが、アメリカ人の宗教性を高めているのは人々が感じている「無防備だという感覚」だとしている。

 先進国で全国民を対象津する健康保険制度がないのはアメリカだけであり、殺人発生率は先進国では飛び抜けた一位、平均寿命は世界第34位にすぎない。したがって、

 宗教に関する多くの側面で、アメリカが富裕国よりも貧困国に似ているという事実だ。要するに、ほかの富裕国と比較したとき、アメリカ人の生活にはより大きな困難がともなうのである。

 こういう観察は英国人ならではである。

 日本に対しても科学の進歩にことよせて、人種的偏見としか思えない見方をしている。日本はオーストリアの14倍も人口があるのに、ノーベル賞受賞者がほぼ同じなのは日本社会が権威主義的で、斬新な見方を許さないからだというわけだ。「日本のこの現状に鑑みれば、科学者たちが民主的で序列にとらわれないインドのほうが、永遠のライバルである権威主義的な中国より前途有望だと言えるだろう」と書いているが、このあたりが英国人の本音か。

 地球温暖化については海面は上昇するが、2050年時点では平均数十センチにとどまると予測している。妥当なところだろう。

 戦争の火種となるのは石油ではなく水であり、「膨張しつづける中国の独善性は、もっと大きな脅威の源となるはずだ」としている。

 未来予測というと危機感を煽るものが多いが、1970年代になされた予言を検証すると、みな悲観的でしかもそのほとんど全てが間違っていたと指摘し、2012年の時点の予言も悲観論よりは楽観論のほうがずっと根拠があるとして、次のような楽観論で締めくくっている。

 二〇五〇年は、広範囲にわたる環境復興の時代になるだろう。現代の富裕国が猛烈な勢いで森林を再生させているように、二〇五〇年の世界も、今より大きい人口を養いつつ同様のことをなしているかもしれない。アフリカ、アメリカ中西部、中央アジアの“再野生化”地域は、いくつかの種を絶滅の危機から救いつつあるように、二〇五〇年の時点でアジアの多くの国々と、もしかするとアフリカのいくつかの国々も同じことを行なっているだろう。

 こうなればいいのだが。

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