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『水滸伝』北方謙三(集英社)

水滸伝

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「異形のキャラクターが官軍と戦う極上の大衆長編小説」

 3日前に、北方謙三水滸伝』全19巻を読み終えた。疲れましたよ。かなり。だって読み始めたら止まらないんだもん。19巻も一気読みしたくなるようなクオリティとエンターテインメント性をもった本なんか現代の日本で出版されているわけがない。

 なんて思っていましたが、仕事で小難しい本(ニート関連の社会学の本には希望は書かれていない!)とか、マネジメントに関する本(この類の本って「資本主義を信じろ!そうすれば儲けられる!」という教義が書かれた宗教書みたいで疲れます)ばかり読んでいたため、魔が差したんでしょう。

 ふと気まぐれに北方「水滸伝」の第一巻を集英社文庫で買ってしまった。するりと引きこれまてしまったんですね。

 「水滸伝」は高校時代にはまったことがあって、駒田信二先生の「水滸伝平凡社版を何度も熟読しました。キャラクターが魅力的なんです。登場人物に、顔に痣やキズのあるユニークフェイス当事者いることもあって私にとっては必須文献のひとつ。

 青面獣「楊志」は、顔の半分に青痣のあるユニークフェイス当事者なんですよ。こういうルックスの武将がヒーローとして描かれている大衆小説は少ない。よって私は読まなければならないのだけれど、大しておもしろくない小説もあるので、小説の選定には慎重になってました。

 第5巻で楊志が、官軍の特殊部隊「青連寺」の手先と激闘のうえに戦死していくシーンでははからずも落涙。完璧に北方謙三の構築する小説世界に絡め取られてしまいました。もし楊志だけが死んでいたらどうということもなかったと思うんですが、この楊志の養子である楊令が、この死闘のなかで顔の半分に熱傷瘢痕が残ってしまうわけですよ。ベタな展開とはわかってはいるものの、スティグマが聖なる者の徴として転化、刻印されていく描写に、さすが北方、古典的な英雄譚の構造がわかっているではないか、と舌なめずり。

 第7巻では、官の刑罰によって鼻をそがれ顔にやけど痕をもった軍師、宣賛が登場。楊志以外にも、異形のキャラクターをもってくるとは、思い切ったことをする、と文庫の小さな紙面に身を乗り出して読み進めることに。

 17巻から19巻までは、死闘に次ぐ死闘。その死闘のなかで、梁山泊の戦士たちの希望として、成長した楊令が登場し、官軍と互角の戦闘を繰り広げていくさま見事。早く次のページをくくらなければという焦りを喚起する北方の筆の冴えに、ひたすらのめり込むだけ。まだ、私も幸福な一読者になることができるのだ、と思えて愉快! 

 面白い小説がない、と倦んでいる人は読むべし。

 

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