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『21世紀の国富論』原丈人(平凡社)

21世紀の国富論

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「不況で先が見えない今こそ読むべき、未来創造のための書」

もうすぐ衆議院選挙。自民党が敗北し、民主党政権になることは確実とみられています。この激変のきっかけをつくったのは、昨年秋に始まったリーマンブラザーズ破綻から始まった世界同時金融危機。巨額な資金が市場から消えました。企業も政府も、この金融危機の影響で、これまでの経済政策、経営方針の転換を迫られています。
 

 いまの事態を早くから予言していたひとりが、本書の著者、原丈人氏。アメリカを拠点にベンチャーキャピタリストとして活躍。成功して手にした資金をもとに、世界を変革するようなベンチャー企業に投資をしていく人物です。

 私は本書をリーマンブラザーズ破綻前に読んでいました。原氏はこの本の中で、アメリカの資本主義の限界をわかりやすく説明していました。会社は誰のものか? という議論がありますが、原氏は株主のものではない、と明確です。アメリカの資本主義では、会社は株主のもの、という考え方がいきすぎてしまった。

 株主は株高になるような上っ面だけの経営を取締役に要求。コスト削減、リストラを断行することで短期的には利益があがります。株が上がったタイミングで株を売り抜ける。株主は利益を得ますが、残るのは競争力を失った企業と、路頭に迷う従業員だけ。株主が経営責任を果たしていない。そんな株の取引きは規制するべきだ、と原氏は書きます。ヘッジファンドというビジネスモデルは、リーマンショック後にほとんど破綻しましたが、彼らが、多くの企業、業界を死に至らしめてきました。合法的なら何でもいいのか。よくはないでしょう。原氏は、会社が「金融商品」になってしまった、という表現をしていました。人が幸福な生活を営むための装置としての会社が、金融商品として取り扱われている。膝を打ちました。

 原氏の出自は考古学者。中央アメリカの遺跡を発掘するために、大学院に行くか、シュリーマンのように自分で大金を稼いで自由に発掘するか、と考えて後者を選択。スタンフォードで経営を学び、その後、光ファイバーのディスプレー会社を創業。この会社を売却して資金をつくってベンチャーキャピタリストになった変わり種です。考古学という金とは無縁の出身の人が、資本主義の中心で活躍している! 

 小手先の会社経営のノウハウ本、机上の空論の多い経営学書のなかで、本書は原氏が約20年の実践をもとに書き上げられています。高度な知識が要求されるはずの経営の現場理解が、どろっとした人間の欲望によって動かされていることがすっきりわかります。20世紀型の大量の消費経済は終わり。次に来る経済は、ハードとソフトが融合した新しい産業になると予告。その立役者として、ものづくりのノウハウが蓄積された日本にチャンスが到来する、と原氏はよどみなく語ります。

 アメリカと日本の強みと弱みの両方を客観的につかみとって、自分自身がわくわくする会社をつくり、育て、世界を変えていこうという意志と行動力。まぶしいです。かっこいいです。こういう人間と一緒に働いて世界を変えたいと思わせてしまうパワーにあふれた本です。

 


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