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『塵劫記』勝見英一郎・校注(寛永11年・小型4巻本)<br>~江戸初期和算選書<第1巻>に収録~(研成社)

塵劫記(寛永11年)

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塵劫記(寛永4年初版)

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江戸時代の数学書として有名なこの本を、最近手に取る機会があった。私の目的は、「もしもこの世に数式がなかったら、どれほど不便なことであろう」という議論を展開するための素材を集めるためであった。

 この本は、日常に現れる計算問題とその解き方を解説したもので、日本の数学の発展の礎となったと評価されている。江戸時代であるから、数式などという便利なものはなく、計算をすべて普通の文章で書かなければならないわけで、さぞや読みにくいだろうと予想して開いてみたわけである。

 ところが、江戸時代の文語で書かれているという障壁まで加わっているはずなのに、予想に反して驚くほど読みやすい。しかも、易しくておもしろい。

 たとえば、整然と三角形の山に積み上げられた米俵の数を、私たちの知っている言葉で言えば三角形の面積の計算法に相当するやり方で、一番下の1列の俵の数と高さ方向の俵の段数から数える方法が述べてあったり、金の屏風や壁を作るために、そこに貼るための小正方形の金箔が何枚いるかという例で、面積の計算法を考えたりしている。また、いろいろな形の容器の容積の大きさを比べることによって、体積の計算法を考えたり、丸太から柱材をとるために丸太の直径と柱の幅の大きさの関係を論じることによって平方根の計算を示したりしている。また、昔の大工さんが持っていた曲尺では、表に長さがメモってあり、それで丸太の直径を測った後、裏返してみるとそこには、その値を2の平方で割った値(すなわち、その丸太からとれる柱材の幅)がメモってあることなども、この本で初めて知った。

 そういえば、若い頃英会話の勉強をしていたとき、日本語ではなくて英語で考えることが大切だと言われて、それならまず、買い物のときのお金の暗算を英語でできるようになりたいと思い、米国人の知り合いに英語の九九を教えてほしいと聞いたところ、そんな歌はないと言われて驚いたことがある。アメリカ人は、九九のようなリズムのある音で覚えるのではなくて、単純に理詰めでかけ算を覚えるらしい。一方、日本人には九九という便利な歌があって、一桁同士のかけ算が簡単に暗記できてありがたい。この九九が、実はこの本にも載っており、江戸時代にはすでにあったことがわかる。

 さらに、この本には、わり算の九九に相当するものも載っている。わり算の九九の最初は、「二一天作の五」で、これは、2で1を割ったときのそろばんの玉の動かし方を表している。「天作の五」とは、そろばんの上側(天)に五を作ると言う意味である。

 また話は変わるが、韓国には、日本の九九に相当するかけ算の歌が、20掛ける20まであるそうだ。これを韓国の子供は皆覚えるという。韓国の工業の追い上げの秘密は、こんなところにもあるのかもしれない。

→寛永11年・小型4巻本 (江戸初期和算選書<第1巻>に収録)

→寛永4年・初版