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デイヴィッド・ヒーリー『ファルマゲドン』(みすず書房)

Theme 10 健やかに蝕まれて

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かつてEBMエビデンスに基づく医療)を提唱する医学雑誌の編集・制作に携わっていたことがあった。ざっくり言ってしまえば、それまでは医師のさじ加減(知識と経験)でやっていた予防・診断・治療を、誰にでもわかる、信頼性の高いデータに基づいて行なおうというもの。このEBMを実践する際の手順のひとつに、PubMedやコクランといった医薬データベースを利用し情報収集を行なうというのがある。データベース化されている臨床研究のうち、より信頼性の高い研究デザインとしてランダム化比較試験(RCT)が挙げられるが、本書によると、こうした臨床試験で得られたデータの隠匿や改竄など不正操作が以前から横行し、今や医療そのものが崩壊しかねない危機的状況にあるという。

原因の一つは、医薬品に特許を付与する際の基準が変更され、製薬企業がこれまでにない方法で医薬品を独占販売できるようになったこと。実際、本書を読むと、製薬企業が繰り広げるマーケティング手法に驚かされる。自社製品の開発・販売につながるようデータに手心を加え、「エビデンス」と称して医学界に発表させることなど朝飯前だ。こうなると、臨床試験の優等生だったRCTや、診療ガイドラインにさえも疑問符が付く。

臨床研究における利益相反問題にはかねてから厳しい目が向けられていたが、もはや関係者の自助努力だけでは立ち行かない。エビデンスの信頼性回復のためにも、著者が提案する臨床試験「生データ」の全公開と患者の医療リテラシーを高めるボトムアップの改革に望みをつなぐしかなさそうだ。

白水社 阿部唯史・評)

 ※所属は2016年当時のものです。