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『チョムスキーの「アナキズム論」』ノーム・チョムスキー、木下ちがや訳(明石書店)

チョムスキーの「アナキズム論」

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北米の言語学ノーム・チョムスキーが、言語学ではなく、広く政治、社会を論じ始めた1969年から2004年までの論考やインタビューから、アナキズムに言及したものを集め、時系列に編纂した発言集である。日本においても、ここ二、三年でアナキズムに関する書物の刊行が続いているが、そのなかでも、ほとんどの書物が翻訳されている著名な知識人であるチョムスキーによるアナキズム論として、一般的にも関心を集めているのが本書だと言えよう。原書は、サンフランシスコのアナキズム、運動関係の書籍や映像などを手がける老舗の出版社、AKプレスから2005年に刊行されている。

 

AKプレスのコレクティブによって書かれた序文で、「われわれは本書を、アナキズムのことを知らないがか、センセーショナルな新聞の見出しだけに知識がほぼ限定されている多くの人に向けて出版する。」とされているように、本書は、アナキズムとは何かを広く知ってもらうための書として位置づけられている。よって、アナキズム論として、必ずしも新しい視点が導入されているわけではないのだが、一方でアナキズムに新しいも古いもなく、単一の理論など存在しないとも言えるので、一つのアナキズムの方向性がチョムスキーの解釈によって論じられていると考えるのが適切だろう。現実の政治、社会問題との関わりのなかで論じられている本書は、アナキズムとは何かを考えるうえでの導入の書としてふさわしいだろう。

世界的な反グローバリゼーション運動の高まりのなかで、アナキズムが注目され始めているとはいえ、まだまだ過去の遺物と考えられていることも多く、関心自体も限定的である日本において、アナキズムの間口を広げる本書が多く読まれることで、アナキズムが盛んに議論されることを期待したい。また訳者が解説において展開しているように、そうした議論と現在進行形の運動が交差することで、今の世界を、これからの世界をアナキズム運動的に理論ー実践化されていくことを願いたい。