『宇宙のランドスケープ』 サスキンド (日経BP社)
「宇宙の
アンドレイ・リンデやアレックス・ビレンケンの「永久インフレーション理論」ではメガバースと呼ばれる空間が光速を超える速度で膨張をつづけ、無数のポケット宇宙を生みだしていく。メガバースにはエネルギー密度の高い場所と低い場所があり、エネルギー密度を高さであらわすと相当デコボコしている。このデコボコを分類したのがサスキンドのランドスケープで、10500種類もあるという。
エネルギー密度の高い山の部分にあるポケット宇宙はエネルギー密度の低い谷の部分に転がり落ちていくが、この時エネルギー密度の落差が熱に変わり、ポケット宇宙は急激に膨張していく。これが「インフレーション」であり、その後にビッグバンが起こる。
サスキンドがこんな途方もない絵図を引いたのは「人間原理」を合理的に説明するためである。この「人間原理」がまた落語みたいな話なのである。
われわれの住んでいるポケット宇宙は 140億年以上前にビッグバンで誕生し、膨張をつづけていると考えられている。ポケット宇宙の構造はアインシュタインの一般相対性理論にしたがっているが、一般相対性理論の式には宇宙定数とか宇宙項と呼ばれる定数
問題はポケット宇宙が長期間安定して存続するためには、宇宙定数λが限られた範囲におさまっていなければならないことだ。われわれのポケット宇宙はすくなくとも140億年存続し、その間に生物が発生して進化し、ついに知性を生みだすにいたったが、こんなことは確率的にほとんどありえないことなのだそうである。
われわれの宇宙の宇宙定数λはなぜこんな絶妙の値をとっているのか。
そこから宇宙は人間を生みだすべく、万能の設計者によって絶妙のバランスで創造されたという説をとなえる物理学者が出てくる。いわゆる人間原理である。
大半の物理学者は人間原理に拒絶反応を示すが、サスキンドによればそれは目をそむけているだけで、真面目に考えるなら人間原理にぶつからざるをえないのだという。
サスキンドは人間原理を合理的に説明するために、永久インフレーションによって生みだされつづけている無数のポケット宇宙はランドスケープで分類されるような多様な定数をとるという絵図を引いてみせた。ほとんどのポケット宇宙は不適切な宇宙定数λのために物質が安定して存在しえず、空っぽだったり、灼熱地獄だったりすることだろう。われわれのポケット宇宙はたまたまうまい位置に転がってくれたおかげで、生命が進化する猶予があたえられ、われわれのような知的存在を生みだすにいたったというわけだ。
ダーウィンの進化論は淘汰されて滅んだ無数の種を視野におさめることによって神なしで人間が誕生するメカニズムを示したが、サスキンドの解決法はそれと似ている。10500種類もあるポケット宇宙の類型のほとんどは失敗したポケット宇宙なのだ。
もちろん、こんな途方もない話は証明することも反証することもできない。
カール・ポパー以来、反証可能性をもつかどうかが、その仮説が科学的か、エセ科学かを判断する決め手という考え方が一般化しているが、反証しようのないこんな説はエセ科学のレッテルを貼られても仕方がないだろう。事実、そうした批判があるという。
サスキンドは「どこかの哲学者の反証可能性に関する意見と衝突するからという理由だけで、ある可能性を否定するのは愚の骨頂だ」と反論する。
ほとんど逆切れであるが、ビレンケンの『多世界宇宙の探検』はまったく違う視点から本書と同じ結論にいたっている。現代の宇宙論はとんでもないところに来ているようだ。