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『Web標準の教科書』 益子貴寛 (秀和システム)

Web標準の教科書

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 あるサイトの構築をまかされることになり、久しぶりにホームページの作り方を勉強し、浦島太郎の気分を味わった。

 わたしはWebデザインを仕事にしているわけではなく、単なるアマチュアだが、これまで二度、HTML関係の本をまとめて読んだことがある。

 一度目は「ほら貝」を立ちあげて一年ほどたった1996年頃だ。「ほら貝」をはじめた当時はろくな入門書もツールもなく、「本文を<H4>で囲むと読みやすくなります」などと書いた本まであったくらいで滅茶苦茶だった。HTMLに標準があるという意識もなく、他サイトのソースを見て覚えたタグをエディタでしこしこ埋めこむという作り方だった。しかし、ページが増えてくるとそれでは済まなくなり、本格的な本で勉強しようと思いたったのだ。

 何冊か読んだが、長く手もとにおいて頼りにしたのはローラ・リメイの『HTML入門』正続だった。二冊で千頁を超えたが、アメリカのマニュアル文化の粋というべき本で、初歩から高度な技法まで体系的に記述されており、頭の中がきれいに整理されていく快感を味わった。スタイルシートについてもすでにふれられていて、行間を広げて読みやすくできたのはうれしかった。リメイ本は1998年に第二版が出て、こちらにもお世話になった。

 二度目は日本ペンクラブ電子文藝館の立ちあげにかかわった2001年頃で、当時議論がかまびすしくなっていたスタイルシートについて勉強し直した。賛否両論あったのは理想としては立派でも、実務に使えるほどには熟していなかったからである。

 あれこれ読んだ中で一番教えられたのはすみけんたろう氏の『スタイルシートWebデザイン』と神崎正英氏の『ユニバーサルHTML/XHTML』だった。とくにすみ本は繰り返し読んだ。

 すみ本は情報量はあまり多くなく、リファレンスとしても使いにくいが、スタイルシートとHTMLがどういうものか、見かけと構造の分離がなぜ必要か、一刀両断で示してくれた。すでに絶版であり内容的には賞味期限が切れているが、HTMLの思想を解説した部分は今でも古くなっていないと思う。幸いすみ氏のサイトでHTML版が全文公開されているので、関心のある方は読むとよいだろう。

 すみ氏や神崎氏が示したような考え方はつい最近まで現実離れした理想主義、あるいは過激な原理主義と見なされていたらしく、プロの世界では表組レイアウトが主流だった。スタイルシートを使うとレイアウトが滅茶苦茶になる Netscape4が残っていたこともあるが、スタイルシートの約束する技術がブラウザに十分実装されておらず、できることに限界があったからでもある。実際、スタイルシートで作ったWebページには独特のスタイルシート臭さがあり、一目でわかったものだ。実務に使えるようなツールがなかったことも大きかったろう。

 ところが昨年あたりから流れが変わり、新聞など大手サイトが表組レイアウトからスタイルシート方式に一斉に転換した。見かけは同じなのでHTMLの知識のない人は気がついていないかもしれないが、中味は最新のWeb技術に入れ換わっているのである。

 表組ツールとして有名だったDreamweaverは今や完全にスタイルシート方式に転向したし、マイクロソフトもExpression Webという本格的なツールを出してきたが、サーチエンジンで上位にランクされるにはHTMLの思想にしたがってマークアップした方が有利だと知られるようになったことが一番大きいかもしれない。

 さて本書であるが、著者の益子貴寛氏は最新のWeb技術を知らせるCYBER@GARDENというサイトの主宰者で、その世界では有名な人のようである。『Web標準の教科書』と銘打つだけあって、XTHML+CSS時代の指針となる本で、最初の二つの章でHTMLの理念を解説した後、第三章と第四章では新時代の技法を体系的に記述している。HTMLの思想は論理的に一貫しているが、そうはいっても理屈あわないトラブルはつきもので、第五章と第六章は対症療法的な解決法を紹介している。第七章はアクセシビリティ、第八章はセマンティクWebという次世代の話題の紹介である。どちらかと言えば、ゼロからWeb技術を学ぶ人向けの本と言えるが、目配りとバランス感覚はみごとだ。リメイ本やすみ本と同じように、本書も長く手もとに置くことになりそうだ。

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