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『仕事するのにオフィスはいらない―ノマドワーキングのすすめ 』佐々木 俊尚(光文社)

仕事するのにオフィスはいらない―ノマドワーキングのすすめ

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「モバイル社会の働き方を考えるために」

 メディアを研究している身ではあるが、恥ずかしながらその変化の速さについていけない思いをすることが多々ある。

 本書もそんな折に手に取った。著者は、ITジャーナリストとして著名な佐々木俊尚氏である。表向きはモバイルメディアを使いこなした仕事術のマニュアル本だと言ってよいだろう。氏の著作はいつもながらに読みやすい。

 いくつも即座に参考にさせてもらったポイントがあったのだが、読み進めていくうちに、本書は、「PC操作術」のような単なるマニュアル本を超えた、実に魅力ある著作として感じられた。

 もちろん、第5章のクラウドの使いこなし方など、いわゆるハウツーとして即座に役立つ内容も豊富なのだが、その前後に書かれた、副題ともなっている「ノマドワーキングのすすめ」ともいうべき、新しい働き方の提案が実に魅力的なのだ。

 これは、IT社会の働き方として、少し前に注目されたSOHOのような在宅勤務の形態とは異なる。それが結局のところ、オフィスではなく自宅という場所に縛られて仕事をするのに対して、モバイルメディアを駆使した「ノマドワーキング」では、気が向いたときにノートPCを持って外出し、気に行ったカフェを転々としながら、徐々に仕事を進めていくようなスタイルなのだ。

 未経験の方からすれば、本当にそんなことで仕事ができるのか、と思わずにはいられないだろう。オフィスにいなければ、仕事をするための資料もないし、そもそも気が散って仕方がないのではないかと。

 だが、モバイルメディアやクラウドコンピューティングの発達した今日では、多量の資料を物理的に持ち歩かずとも、どこにいてもそれを参照することができるし、また多数の人間が閉じ込められたストレスフルなオフィス空間にいるよりも、かえって街の雑踏の中にいたほうが、集中力が高まるものなのだ(評者にもそういう経験が多々ある)。

 著者は、こうした働き方こそ、「ノマドワーキング」と呼ぶ。「ノマド」とは、元々は遊牧民という意味だが、今日では、都市部のカフェからカフェへ、モバイルメディアを携えて、ふらふらとしながら、それでも生産性の高い仕事を成し遂げていく人々こそ「ノマドワーカー」と呼ぶにふさわしいという。

 そこからは、新しい時代に適応した働き方の変化、あるいはそもそも働くということの意味の変化を読み取ることができるだろう。

 いうなれば、満員電車に乗って、会議に出て、帰宅することが仕事なのではない。むしろ、どんなスタイルを取るにせよ、クリエイティブに成果を生み出すことこそが仕事なのだ。

 それは、筆者の言葉を借りれば、「会社に頼っていれば何とかなった時代から、自分自身で人生を切り拓かなければならない時代へ」(P6)の移行に際して、サバイバル術を考えていくことにもつながってくる。

 この点では本書は、表向きはハウツーのマニュアル本であるけれども、評者は、新たな社会の自己やコミュニケーションのありようを論じた、実践的な著作としても楽しむことができたし、授業で取り上げて、学生にもぜひ読ませたいとも思った。

 これからの時代を前向きに働いていこうと思う方に、お勧めしたい一冊である。


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