書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『世界でいちばん大事なカネの話』西原理恵子(理論社)

世界でいちばん大事なカネの話

→紀伊國屋書店で購入

「カネは家族の幸福を守るためにある」

 私と西原理恵子との出会いは、ユニークフェイス当事者取材のとき。10年くらい前、外見に病状が表面化する女性の自宅におじゃまして話を聞いているとき、書棚のなかに「まあじゃんほうろうき」(竹書房)を見つけたんです。西原のファンなんです。面白いんですよ。石井さんは難しい本ばかり読んでいるでしょう。そんなことはないですよ、と手にとって読み始めて数ページで爆笑。取材の雰囲気が和みました。絶望している人を笑わせる力のあるマンガでした。

 西原との「再会」は、夫である鴨志田穣さんの闘病生活を語る未亡人として語るニュース番組でした。夫はアルコール依存症だった、と。西原のような聡明な女性がなぜアルコール依存症の夫との生活を選んだのだろうか。結婚、離婚、そして復縁、死を看取る。なぜなんだろう?

 本書『この世でいちばん大事な「カネ」の話』は、表題とは裏腹に西原の個人史。この西原という人は、恵まれた環境からいまの漫画家というポジションを掴んだ人ではありません。極貧家庭と、エロマンガ雑誌のカット描きからのたたき上げです。

 実の父はアルコール依存症。西原が3歳のときにドブにはまって死んだ。残された母は再婚。その新しい父は、母の預金を資金に会社経営に乗り出して破綻。ギャンブルにはまって西原が大学受験の当日に自殺。残された母がなけなしの貯金を西原に渡して、東京に行かせます。西原は背水の陣で、絵の勉強とアルバイトに精を出して、漫画家として成功していきます。

 西原の生まれ育った四国の街では、極貧の家庭がふつう。カネがない生活苦の両親に育った同級生たちが身を持ち崩していく姿を、幼少のときにしっかりと目に焼き付けています。だから、東京でイラストレイターになるという生活は「夢」。この夢を、日本社会の最下層に育ったひとりの女が、実現していく。読んでいて、ハラハラドキドキのエンターテインメントでした。そして、人生とカネについての深い思索がちりばめられた宝石のような書物に仕上がっています。

 カネがなくなれば、故郷のあの生活に戻ることになってしまう。西原は自分の運命と闘っていたのでしょう。

 しかし、人が貧困の連鎖から逃れることは容易ではありません。西原のような才能がある人間でさえ。

 麻雀やFX投資を漫画化していくとき、お客さん(読者)が喜ぶならばと、身銭をきって勝負してしまう。仕事なのか、たんなる依存症なのか、分からなくなる境界線上まで自分を追い詰めてしまう自分自身。人間であることをやめるかどうか、というギャンブラーのぎりぎりの心理をマンガにしていく。表現者として見事な仕事ぶりです。

 アルコール依存症の実父、ギャンブル依存症の義父に育てられた西原が、アルコール依存症になっていた鴨志田と出会い、別れ、そして復縁したとき、鴨志田は死病にかかっていました。西原は、家を建て、二人の子供を養うには十分の預金と仕事を持つ人間になっていました。

 そのときの西原の心境です。

 「わたしたちは、もしかすると、生まれたときの環境を抜け出すことができたのかな、そう思った矢先に、鴨ちゃんは逝ってしまった」

 夫、鴨志田はガン闘病をしながら最後の半年間、家族と幸福な時を過ごしました。その闘病生活を支えたのがお金。西原がその才能で稼いだお金です。ガン闘病の医療費は高額です。

 「働くことも、お金も、みんな、家族のしあわせのためにある。

 わたしは、いま、そう思っている」

 

 家族の幸福のために稼ぐ。カネには家族を守る力がある。だからカネは世界で一番大切な話になる。

 最近、一児の父になった私は、西原の言葉に深く同意、そして感涙しました。

 最後に一言。

 本書は西原の語りを構成してできあがっているようです。まるで西原が語りかけてくるかのような文体。構成ライターの朧晴巳の文章職人としての才能を感じました。

→紀伊國屋書店で購入