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『東京ガールズコレクションの経済学』山田桂子(中公新書ラクレ)

東京ガールズコレクションの経済学 →紀伊國屋書店で購入

「ガールズマーケットの誕生」



 本書のタイトルを見て評者が抱いた印象は、「東京ガールズコレクション」(以下、TGC)の市場動向やトレンドを解説したものだろうというものだった。また、こういったブームを扱った本には、そのブームの内側にいる人がPRを意図して書いたものが多い。しかし、本書はTGCをブームとしてとらえつつも、一定の距離をとったものだ。そして、その狙いももっと大きなところにある。TGCという現象を事例としながら、「ガールズマーケット」そのものの成立とその拡大をさまざまな視点からとらえようとする、実に分析的な本といえる。


 TGCは2005年8月に始まったファッションイベントで、入場者数で見ると06年に2万人を超えその後も増加傾向にある。第1章「一大イベントに成長した東京ガールズコレクション」で、著者はTGCが「リアルクローズ」(実際に着ることができる現実性の高い服)という言葉を定着させたという。

 だが評者がそれ以上に注目したのは、それが従来の年齢区分とは異なる「ガールズ」というくくり方がなされるようになる嚆矢と位置付けられる点だ(「ガールズ」は明確には定義されていないが、年齢でいえば10代からF1層、つまり34歳くらいまでという)。つまり、それまで女性を年齢に応じて細分化していたファッション業界で、10代からアラサーまでを含む新たな市場、「ガールズマーケット」が誕生する過程に大きな役割を果たしたのだ。そして、その背景にはエイジレスを謳う20代(30代にも拡大しているだろう)の需要があるという。

 第2章「ガールズイベントの戦略は何か新しいのか?」、第3章「どうしてガールズイベントは人気があるのか?」では、TGCの新奇性やその人気の理由が消費行動モデルや、メディア戦略、タイアップをめぐるケーススタディなどから説明されている。また、第6章「人気の高いガールズブランド」はガールズイベントでのそれぞれのブランドの戦略に焦点を当てたものだ。

 評者が特に関心を持ったのは、第4章「市場の主役はギャルからガールズへ」と第5章「ファッション雑誌で見るガールズマーケット」だ。第4章での「ギャル」の成立過程をめぐる説明は評者には首肯できない部分もあったが、ギャルからガールズへのマーケットの変化をめぐる説明と、両者の重複や分布をまとめた図表2「ヤングマーケット分類」(117頁)や図表5「ガールズ雑誌のポジショニングマップ」(142頁)は、整理されていてわかりやすい。

 著者は必ずしも明示的には述べていないが、著者が多用する図式は本書がテーマにするマーケティングに限らず広く使えるものだ。また、そこからはさまざまな興味関心が沸いてくる。

 図表5をもとに述べられる『Can Cam』から『sweet』への人気雑誌の変遷は、ある部分で(例えば、モテ志向から自分志向への変化など)ガールズ文化の大きな変容を示しているだろう。また、第6章の図表8「ガールズイベント出場ブランドのポジショニングマップ」(171頁)での「ドメスティック/インターナショナル」、「ポピュラー/エッジィ」という軸についていえば、そのなかでの地域差やポピュラーさやエッジさの差異などを詳しく見ていくのも面白いだろう。

 ともすればタイトルの「経済学」が読者層を限定しているかもしれないが、ポピュラー文化論やジェンダー論、メディア論などと隣接するものとして広く読まれていい本だ。


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