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『子どもを信じること』田中茂樹(大隅書店)

子どもを信じること

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 生姜がきいた甘酒をいただいた後のような、心と体が温まる本だ。

 子どもにはやさしく接する、接していいのだ、厳しく接する必要はないのだと田中さんは言う。

 子どもを信じるということは生き物としての力を信じるということだ。

 田中さんのことばを借りよう。

「親が手出しをしなくても、子どもは、自分が幸せになるためにとるべき行動を、自分からとるようになります。そのことを信じて、子どもと向き合うのです。」(p.5)

 田中さんはお医者さんだ。カウンセラーでもある。この本にちりばめられた数多くの事例は田中さんの言うことに信頼感を添えてくれるだけでなく、子を持つ親として、あるいは、子どもたちの将来を真剣に考える者として、一体感、連帯感を抱かせてくれる。

 《そうそう、同じこと、あった》

 《うーん、こういうときの親ってつらいんだよなあ》

 田中さんは親にもやさしい。子どもにやさしく接する。これ、けっこう覚悟がいる。最初はなかなかうまくいかない。巷にあふれる育児書に書いている事細かな指南を実践するよりずっとずっとむずかしい。でも、うまくできなくてもいいと田中さんは言う。

 《いいんですよ、そう考えているということが大事なんです》

 田中さんの言っていることはとても素朴に響く。でも、その素朴さは浅はかなものではない。子どもの可能性に対する絶対の信頼。

 そして、田中さん自身は気づいていないかもしれないけれど、自分に対する全面的な信頼と自信。そうでないと、「~の専門家として」だなんていう言い方は気恥ずかしくてなかなかできない。

 ちょっと野暮だが、経歴を読む。お医者さんであると同時に心理学を修め、脳科学関係の仕事もある。そして、自然農法の実践家でもある。さらに、こんなことばはないかもしれないけれど、「自然出産」や「自然育児」を実践した。この本からほとばしる確かさのようなものは田中さん自身のこうした生き方と無縁ではないはずだ。

 田中さんのことばをもう一度引こう。

「子どもの人生を、建物を作っていくイメージで説明してみましょう。幼い頃にたっぷりと遊んで過ごすことは、土地を広げていくようなものだと私は考えています。広い土地が確保できたら、そこにはいろいろな建物を作ることができるでしょう。一方で、早くから勉強させることは、土地を拡げることを早々にやめてしまって、建物を作りはじめてしまうようなものだと私は思います。」(p.42)

 相変わらず、早期英語教育に対する親たちの関心が高い。近年は公立小学校でも英語をやることになったりしたので、その傾向に拍車がかかっている。わたくしに言わせれば、子どもが小さいときは---ときこそ---母語で心の敷地を拡げておく。外国語である英語の学習は土地が十分に確保できてから始めるのがよい。母屋ならぬ、母語の家を建てる土地もきちんと確保できていないうちから、英語の家を建てようとしたら、あぶなっかしい高層のビルを建てるしか方法がない。そんな危険を冒そうとしているのがまさに早期英語教育なのだ。

 おっと、我田引水が過ぎたかな。田中さん、意図を逸脱していたら、ごめんなさい。

 この本には《いかにも田中さん!》という、ものの見方やアイディアが満載だ。そのひとつが「アイスクリーム療法」というもので、我が子がもう少し小さかったら、ぜひ実践してみたかった。

 えっ、その「アイスクリーム療法」ってなに?ですか。ぜひこの本を買って、見つけ出してください。

【蛇足】 この本の唯一の欠点は表紙の折り返しに添えられている田中さんの写真---おまけに、カラー---だ。田中さんの素顔は「田中茂樹 学習院大学 人文科学研究所」で検索をかけると最初に出てくるエントリーの中にある。

 田中さん、あの笑顔ですよ。


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