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『江戸絵画入門-驚くべき奇才たちの時代』~「別冊太陽」日本のこころ150号特別記念号 河野元昭[監修] (平凡社)

別冊太陽・江戸絵画入門

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夢の美術館から戻ってきた感じ

その世界のバイブルとなった『奇想の系譜 又兵衛‐国芳』の著者辻惟雄氏を中心とした日本美術史研究の新風・新人脈で、江戸260年の長大な展望を試みた。『奇想の系譜』は1970年刊(初出)。当時、マニエリスムだグロテスクだと騒いでいた一般識者にしてもほとんど知らなかった若冲蕭白を教えられた衝撃は大きかったし、まして狩野山雪岩佐又兵衛など存在すら知らなかった。本書は、不遇なる南画家祇園南海の言った「奇」の趣味(「趣は奇からしか生まれない」)、同じく芥川丹邱(たんきゅう)の「狂」の趣味が、辻氏名著以来もう40年経とうとしている今、江戸美術を見る目としてなお有効かを問う一大紙上展覧会である。意図や壮。

当然、若冲蕭白に割かれる紙数は多いし、逆に一人一作の扱いも多くなるが、人選は過不足なく、一人一作で選ばれる作品も画工の特徴がよく出ているものなので感心した。紙面デザインもこの四半世紀のヴィジュアル本編集の精華というべき達者な出来栄えで、「別冊太陽」のノウハウが生きたお世辞抜きの永久保存版。まさしく『奇想の系譜 又兵衛‐国芳』の余波というべき1970年代初めの「みづゑ」800号記念の若冲蕭白大特集(1971年9月号)以来の保存版である。江戸が、やりたいっ!

過不足ないのは見事である。やればやるだけややこしい狩野各分派の動きがはじめてよくわかった気がするし、画期的だったRIMPA展で発見された光琳周辺の斬新も改めて衝撃的。さほど奇でも狂でもないはずのフツーの絵師の作までどこか奇矯と感じられてくるところが、実は本書の眼目なのである。

監修の河野元昭氏との対談で辻氏は「江戸時代の絵画のイメージ変革というのか、奇想派の方が逆に表に出てきてしまうのは、あまりにもやりすぎかもしれない(笑)」とおっしゃっているが、どうやら今が正念場、江戸美術はもう少し「奇」に引っ張っていってもらわねばならない。個人的には伝俵屋宗雪の菊花図簾屏風のイリュージョニズムに魅了された。

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