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『妄想少女オタク系』紺條夏生(双葉社)

妄想少女オタク系

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「女子も男子も楽しめるマンガ~少女文化のゆくえを考えるヒント」

 面白いマンガである。しいてジャンル分けをするのならば、少女マンガというカテゴリーに位置づくのだろうが、およそそうした既存のカテゴリーを大きくはみ出した作品である。

 恋愛や性をテーマにしたマンガでありながら、女子が読んでも男子が読んでも楽しめるというところに、この作品の最大の特徴がある。そうしたマンガは、これまでなかなかありそうでなかったように思われる。その理由はマンガがジェンダーディバイドの最もはっきりとしたメディアの一つだからであろう。稀有な事例として克亜樹氏の名作『ふたりエッチ』などが思い浮かぶが、それであっても、男性向けと女性向けは別々のシリーズとして刊行されている。

 これは、いわゆる「お色気サービスシーン」がどちらに対しても用意されているというだけではない。性愛をめぐる様々な関係性のパターンが面白く紹介されていて、さまざまな立場の人が読んでも、楽しみながら関係性に対する理解を深めることができるのだ。

 ストーリーは、ある平凡な男子高校生、阿部隆弘を中心に展開する学園ラブコメディもの、といえばありきたりな設定に思われるかもしれない。しかし、彼が恋心を寄せる女子高校生、浅井留美は実はディープなオタクで、クラスの男子たちのじゃれあいを見つめながら、いわゆるBL(ボーイズラブ)系と呼ばれるような、男性同性愛的な妄想を膨らませてばかりいるのである。

 したがって、隆弘が留美に告白した時も、「でも、やっぱり阿部君は千葉君とのがお似合いだと思うの」(第1巻P28)と、筋違いの回答を返されてしまう。というのも、留美にとっては、「「つき合う」とかよくわかんないし「彼氏」とか「恋人」とか想像つかない」(同P140)のであり、さらに「あたしが男子だったら想像出来んの」(同P141)といって、ひたすらBL系の妄想の中に関係性の理解を当てはめようとする。

 かつて、男は「見る性」、女は「見られる性」だとして、メディアにおいて一方的に見世物のように扱われている女性に関する表象を批判的に議論することが盛んであった。もちろん今でもそうした内容を扱うメディアがあることは否定できない。

 しかし、このマンガが面白いのは、女性である留美が、隆弘と美男子の同級生千葉との間に性的な関係を妄想的に見だして、「見る―見られる」関係を逆転させているということだけにとどまらず、一方で、読者にとっては、そうする留美のふるまいそのものが今度は「見られる」対象になっていたりと、「見る―見られる」関係が幾重にも複雑化しているところなのだ。

 もちろん本作はマンガであるため、多少は戯画化されている点を差し引いて考えなければならない。しかしながら、女子学生たちと日頃話をしていると、ここで描かれている実態は決して大げさなものではないように思われてくる。

 先月の書評では、藤本由香里氏の古典『私の居場所はどこにあるの?』を取り上げながら、それと対比させる中で、今や若い女性たちは恋愛の当事者から傍観者へと移行しつつあるのではないかと述べたが、そのことを最もよく表しているのは、やはりBL系のマンガを愛好する腐女子と呼ばれる女性たちの存在だと思われる。

 特に近年の若い女性では、少女マンガや男性アイドルといった疑似恋愛の体験を通して、その後の思春期にBL系へと移行するのではなく、むしろ小学校高学年頃といったかなり早い段階からBL系に接していることも多いらしい。

 つまり、かつてならば、少女マンガや男性アイドル文化などを通して、恋愛の当事者、あるいは実際の恋愛に移行する前の「練習」をしていたのが、むしろBL系を通して初めから恋愛関係を傍観者として見ることを学びつつ、そのままに思春期を迎えるというパターンが増え始めているらしいのだ。本作品のヒロイン留美はまさにそうした典型例といえよう。

 では、疑似恋愛を経ることなく思春期を迎えてしまった少女たちは、果たしてその後、どうなっていくのだろうか。恋愛関係を傍観者としてまなざすことを先に学んでしまった少女たちは、恋愛の当事者になりうるのだろうか。

 まさに、これからの少女文化のゆくえをうらなう意味でも重要な、これらの問いに対する答えは、本作品の最終話において、ある程度示されているとだけ言っていこう。それは、単純に、恋愛の当事者から傍観者になったり、あるいはまた当事者に戻ったりといったようなものではなく、当事者でもあり傍観者でもあるような、新しい関係性のありようを感じさせる興味深いエンディングである。

 

 全7巻、ぜひ最後まで読み通されることをお勧めする。


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