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プロの読み手による書評ブログ

『Nickel and Dimed 』Barbara Ehrenreich(Picador)

Nickel and Dimed

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「アメリカの貧困生活体験談」


 

 一度読み始め、四十ページほどで読むのを止めてしまったこの本。

  

 本の内容は、生物学の博士号を持ち『タイム』誌にも記事を書き、自著も出版している著者が、いまのアメリカ低所得者の現実を探るため実際に時給七ドルの職につき、ほかからの助けを借りずに生活をしてみるというもの。

 外からの観察ではなく対象となるものを実際に体験して報告するのをパティシペイティング・ジャーナリズムと呼ぶけれども、この本もそれの一種だ。

 著者はまず初めにフロリダ州に赴き、離婚をしたばかりの高卒の中年白人女性として時給二ドル四三セント(チップの収入が別にある)でレストランのウエイトレスの仕事に就く。

 この辺りまで読んで、僕は読むのを止めてしまった。理由は、一九七〇年代の終わりにアメリカに来た僕が最初にやったことがニューヨーク州ロングアイランドでのレストランの仕事だったからだ。慣れない仕事、知らない土地での安いアパート探し、レストランのなかでの人間関係とこの本に書かれてあることはすでに知った世界だった。

 読みかけのページを開いたまま、僕は辛かった最初のアメリカ生活の数年間のことを思い出していた。キッチンの匂い、いつまで経っても終わらない仕事、目の回るほど忙しかった週末。レストランの仕事は僕のやりたい仕事ではなかった。いつになったらレストランから抜け出し、夢のミュージシャンとしてアメリカで暮らせるようになるのだろうかと考えていた。

 昔の自分を思い起こさせるこの本を読み続けるのが辛くなって放り投げてしまった。

 再び読み出した時には、レストランの章をとばし、著者がメイン州で家政婦として働く章とミネソタ州でディスカウント・ストアの大型チェーン店で働く章、それに続くエンディングを読んだ。

 文章はユーモアに溢れ、ワーカーたちの間で友情や敵対心が生まれる様子や、著者の身体の具合、貧困生活を抜け出す難しさなどが書かれてありジャーナリスティックな読み物となっている。

 しかし、何故今でも売れているのだろう。本を買うのはやはり中産階級の人々が多いのだろうか。低所得者は生活が苦しく読書どころではないのかも知れない。僕も当時はアメリカ文学どころではなかった。アメリカの低所得者生活の現実を体験した僕にとって、引き込まれて読む本ではなく、「そうそう。そうなんだよな~」といくらかの息苦しさを感じつつこの本を読み終えた。


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