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『ヴェルサイユ条約-マックス・ウェーバーとドイツの講和』牧野雅彦(中公新書)

ヴェルサイユ条約-マックス・ウェーバーとドイツの講和

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 本書を読み終えて、まず第二次世界大戦の戦後処理を理解するには、第一次世界大戦の戦後処理を理解する必要があると思った。欧米各国は、第一次世界大戦の戦後処理の経験を、そのままいかして第二次世界大戦の戦後処理をおこなったように思えた。


 「戦争責任」や戦争の「不法化」という観念は、第一次世界大戦以前にはなく、その戦後処理の議論を通じて出てきた。そして、ドイツとドイツ皇帝の「戦争責任」が問われていった。その「勝者の裁き」の不当性を訴えたのが、ドイツ人の社会科学者であるマックス・ウェーバーであった。「講和条約受諾ならびに戦犯引き渡し問題に対するウェーバーの態度は、ドイツ国民の名誉という観点から、戦争責任を一方的にドイツに求める連合国の不正を訴えるという姿勢に終始していた」。


 本書の要約は、帯の裏につぎのように適確に述べられている。「第一次世界大戦は、アメリカの参戦とドイツ帝国の崩壊を経て休戦が成立し、パリ講和会議が開かれる。だが、「十四箇条」に基づく「公正な講和」を求めるドイツ、「国際連盟」による世界秩序の再編を目指すアメリカ大統領ウィルソン、そして英仏の連合国首脳の思惑には大きな隔たりがあった。それまでの講和のルールになかった「戦争責任」をドイツに求めるべきなのか。人類初の世界戦争の終結をめぐる息詰まる駆引を描く」。


 本書を、著者、牧野雅彦は「専門とするウェーバー研究の副産物である」としている。これまでの業績一覧を見ても、第二次世界大戦の研究を本格的にしたようにはみえない著者が、どこまで第二次世界大戦後の日本を意識していたかわからない。しかし、第二次世界大戦後の極東国際軍事裁判東京裁判)やサンフランシスコ講和会議の情況を多少知っていれば、その議論の原点が本書に描かれていることに驚きを感じたことだろう。天皇の戦争責任や戦争犯罪についての議論の基本が、第一次世界大戦後にあったことがわかる。また、アメリカとヨーロッパとの新たな関係が描かれている。今日に至る欧米諸国間の国際秩序は、このときできたということができる。


 しかし、この国際秩序のなかに欧米以外の国・地域は入っていなかった。ウィルソンが提唱したことのひとつである「民族自決」はヨーロッパ内の話であって、植民地体制下のアジア、アフリカなどには及んでいなかった。そのため、第二次世界大戦後、1945年の国連憲章や66年の国際人権規約で、全世界に適用されることがうたわれた。この点でも、第一次世界大戦第二次世界大戦との関係がうかがわれる。


 第一次世界大戦はヨーロッパ内での戦争で、アジアへの影響は限定的で、日本では第二次世界大戦に比べ、研究があまり進んでいない。しかし、世界史のなかで第二次世界大戦を理解するためには、第一次世界大戦を理解しなければならないことが、本書からよく理解できた。本書自体を、著者は「副産物」としているが、第二次世界大戦やアジアを専門としている者が、読むともっと多くの「副産物」をえることができるだろう。

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