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『生命 最初の30億年』 アンドルー・ノール (紀伊國屋書店)

生命最初の30億年

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 もっとも古い生物の化石は35億年前の地層から見つかっているが、それ以降の30億年はあまりぱっとしない。生命が目覚ましい進化を見せるのは5億年前にはじまるカンブリア期からである。この時期、アノマロカリスやハルキゲニアなど、奇々怪々な動物が堰を切ったように出現したので、「カンブリア爆発」と呼ばれている、

 カンブリア紀以前の時代は地球の歴史の8割を占めるのに、これまでは先カンブリア代とか隠生代と呼ばれて一括されてきた。しかし研究が進んだ結果、最近ではこの期間を三つの時代に区分している。45億年前と推定される地球誕生から40億年前の最古の大陸の誕生までの5億年が冥王代、大陸誕生から25億年前にうまれた酸素環境までの15億年が始生代、それからカンブリア紀までの20億年が原生代である。

 本書は最初の化石が発見された35億年前からカンブリア紀までの30億年間の進化をあつかう。進化といっても、大部分は細菌の進化の話で、最後の方になってようやくエディアカラ動物群やバージェス動物群のような目に見える動物が登場する。

 細菌の進化なんておもしろいのかと思うかもしれないが、これがおもしろいのである。生命が誕生した始生代の頃の地球の大気には酸素がなかった。始生代の生命は酸素の代わりに硫化水素や鉄や硝酸塩を使ってエネルギーを生みだしていたのである。

 やがてシアノバクテリアという始生代のスターがあらわれ、猛烈な勢いで酸素を放出していき、地球の環境を一変させてしまい、酸素を呼吸する細菌が誕生する。進化論を弱肉強食から共生へと転換させたリン・マーギュリスの連続細胞内共生説や、スノーボール・アース説のようなドラマチックな説も登場する。硫化水素や鉄を食べる細菌と較べたら、恐龍なんてかわいいものである。

 こうした驚くべき発見をもたらしたのは化石の研究だが、細菌の化石だけに顕微鏡でなれば見つからない微化石で、一見、鉱物の結晶と区別がつきにくい。生物起源の物質であることを判定するには同位元素の比率を使う。たとえば炭素には12Cと13Cという二つの安定した同位体があるが、光合成などで生物がとりこむ場合、わずかに軽い12Cの方を優先してとりこむので、12Cと13Cの比率に偏りが生まれる。この偏りが検出できれば、生物起源の炭素と断定できるのである。

 先カンブリア代の地層が露出している場所はめずらしくはないが、高い圧力や高熱による変成作用を受けると微化石はそこなわれてしまう。変成作用を受けていない古い地層を見つけなければならないが、そいういう場所はきわめて限られている。

 著者のノールは資料をもとめてシベリアや中国辺境の鉱山、さらにはオーストラリアやアフリカ南端まで出かけている。微化石となった細菌が繁栄していた当時は、いずれも熱帯のおだやかな海辺だったのに、今は酷寒の極地だったり、炎熱砂漠だったりする。フィールドワークはそのまま探検記である。

 シアノバクテリアのいい化石のみつかるスピッツベルゲン北極海に浮かぶ孤島だが、かつてはハバマの海岸のようなおだやかな土地だったらしい。鞘におおわれた新種のシアノバクテリアの化石を発見したノールは、現在のシアノバクテリアを研究している生物学者とともにバハマを訪れ、化石と同じ環境をさがしたところ、生きている鞘におおわれたシアノバクテリアをみごとに見つける。そのシアノバクテリアが20億年前のシアノバクテリアの直系の子孫なのかどうかは断定できないが、シアノバクテリアは誕生した直後にあらゆるバリエーションを生みだしており、直系の子孫の可能性はかなりあるらしい。ちょっと感動的である。

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