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『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』町山智浩(文藝春秋)

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない

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ブッシュ政権の暗闇時代を笑うべし!」

 アメリカという国はじつに面白い。
 21世紀型の世界恐慌震源地として世界中の金融システムを揺るがせている。

 国内産業の要である自動車、保険、銀行が破産寸前にまで追い込まれている。

 アメリカという国家を破壊するのは、アルカイダという世界中に分散するテロリスト集団ではなく、アメリカの権力中枢にいる産業界のエリート、ということになるのではないか、と思えてくる。

 それほどにアメリカが直面している課題は大きく、そして自業自得である。

 本書『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』で町山智浩さんは、自業自得で苦悶するアメリカを、ユーモアたっぷりに描いている。

 日本のニュースをみても、アメリカの現在がさっぱり分からない、と思っている人にはオススメ。

 笑いながら、現代アメリカの闇を知ることができること間違いなしだ。

 日本にも国家としての自業自得という現象は起きている。

 いわずとしれた年金問題である。社会保険庁の組織的な過誤によって年金記録が改ざんされ、国は国民からの信用を失った。

 こんなひどい国は日本だけではないか、と思っていたら、町山さんによれば、アメリカではすでに年金制度が破綻しているという。これには驚いた。アメリカの医療制度が破綻していることはよく知られているが、年金制度まで破綻していたなんて。

 老後の不安に直面したアメリカ人たちは、終の棲家としての家を求めた。低所得者サブプライムローンで家を提供した企業の無法ぶりには目が点になる。

 ケイシー・セリン。年収360万円、24歳のウエブデザイナー。クレジットカードの負債は200万円。このような人が、わずか1年で7件の家を購入できた! 「自己申告ローン」という所得を自己申告(ようするに収入を偽ることができる)すればローンが組めるのだ。セリンは、住宅バブルブームのなかで家を転売しようとしたがバブルは崩壊していたため家は売れない。当然のことながら破産。破産総額は約2億円。セリンは破産の経緯をすべてブログで公開し、アメリカ中が、住宅ローン会社のいい加減さを知ることになった。そしてこのサブプライムの破綻が、世界恐慌の引き金になっていったのである。アメリカ中で破産して、家を差し押さえられ、ホームレスが急増している。

「バカな奴らだと責めてはいけない。アメリカ人は住宅以外に老後を託すものがなかったのだ」(町山)

 ブッシュ大統領は、アフガニスタンイラクで戦争を始めただけでなく、アメリカ国民の生活をも破壊していたのである。

 このような閉塞感のなかで、アメリカ史上初の黒人大統領のオバマが登場した。この柔軟性がアメリカの強さだと思う。しかし、本書を読むと、黒人にチャンスを与える国である前に、無知であることを尊ぶキリスト教福音主義が多数派を占める、いびつな宗教国家という素顔が真実に近いことが分かるのである。

 アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない。

 8割はパスポートを所持していない。

 国民の半分は自国の年金危機それ自体を知らない。

 過半数が新聞やテレビでニュースを見ない。

 ・・・・・

 

 なお、町山さんはカリフォルニアという、アメリカのなかではリベラルな人たちが多く住む地域に暮らしている。だからこそ、アメリカのなかにいながらにして、アメリカを客観的に観察することに成功しているのだろう。

 いまテレビニュースでブッシュ大統領の映像が流れている。

 ノーテンキに笑っている。

イラクとアフガンで戦争を起こし、自国の年金制度を崩壊させ、世界経済をパニックにした権力構造の中枢にいた人間とは思えない、軽薄さが表情からにじみ出ている。この軽い人物がトップになれるのがアメリカである。

 もっとも日本のいまの政治状況では、アメリカを笑うことができない。

 

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