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『俺たち訴えられました!』烏賀陽弘道、西岡研介(河出書房新社)

俺たち訴えられました!

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名誉毀損で勝ち抜いたジャーナリストの警鐘」

 名誉訴訟で訴えられた二人のジャーナリストが、それそれの訴訟体験を赤裸々に語る対談本である。正確にいえば「対談」ではない。片方のジャーナリストが、もう一方にインタビューをするという形式をとっている。ゆえに、対談にありがちな予定調和がない。奇妙な味わいの、ふたりのジャーナリストの「対話」が一冊にまとまっている。

 ひとりのジャーナリストは、烏賀陽弘道朝日新聞記者を経て、フリージャーナリストに。月刊誌「サイゾー」に、音楽ランキング会社オリコンについてコメントをしたところ、オリコン社長から名誉毀損だとして総額5000万円の損害賠償請求訴訟を起こされた。この訴訟の特徴は、サイゾー編集部、その版元であるインフォバーン社ではなく、雑誌記事のコメントをしただけの烏賀陽だけをねらい打ちにしたことにある。

 もうひとりのジャーナリストは、西岡研介神戸新聞記者を経て、スキャンダル雑誌『噂の真相』の突撃記者となり、その後フリーに。週刊文春週刊現代などの週刊誌を舞台に、権力者のスキャンダルをあばく取材をしている。西岡は、日本最大の公共交通機関JR東日本労働組合を事実上牛耳っている「革マル」(日本革命的共産主義者同盟 革命的マルクス主義派)について、週刊現代で報じた。その記事が、名誉毀損であるとして、全国で50件の名誉毀損訴訟を起こされた。

 私はこの二人の名誉毀損訴訟の動きについては、硬派ニュースサイトMyNewsJapanでインタビューを掲載したことがある。

オリコンうがや訴訟3 いよいよ反訴! アルバイトでもできる質問しかしないマスコミ記者たち

オリコンうがや訴訟7 JR「革マル派」告発の西岡研介氏、48件の“訴訟テロ”に反訴へ

 連載中は、現在進行中だった裁判も、いくらか時も経過し、おおかたの結果が出てきた。烏賀陽氏は、オリコンに対して事実上の全面勝訴。西岡氏も革マルからの訴訟のうち47件が片付き(原告の請求棄却)、のこり3件を残すだけになった。

 つまりふたりとも名誉毀損訴訟について、公に語るべき時がやってきた、というわけである。

 二人は訴訟の当事者である。そのため、すべての裁判資料が手元にあるため、対話の内容は詳細である。名誉毀損やジャーナリズムに興味のある人しかすべてを理解することはできないかもしれない、という難点はある。それでも、本書をひろく読んで欲しいと思うのは、大企業が、市民に対して名誉毀損訴訟を起こして、その言論を封じようという動きがある。このことに二人は警鐘を鳴らしているからである。

 このような嫌がらせ訴訟のことをSLAPP(スラップ)という。

 烏賀陽氏のホームページではこう紹介されている。

“Strategic Lawsuit Against Public Participation”の略語。

「公の場で発言したり、訴訟を起こしたり、あるいは政府・自治体の対応を求めて行動を起こした権力を持たない人物や団体に対して、企業や政府など、力のある側が恫喝、発言封じ、場合によってはいじめることだけを目的に起こす、報復的な訴訟」のこと。

 烏賀陽氏、西岡氏のふたりは、まさにSLAPPのターゲットにされた。二人とも、ジャーナリストだから、SLAPPに対して対抗することができたが、一般市民だったらひとたまりもない。実際に、新銀行東京の不正融資について内部告発した元行員は、銀行から名誉毀損で訴えられた。彼のコメントを報じたテレビ局、週刊誌は訴訟の対象とならなかったのである。

http://www.mynewsjapan.com/reports/1026

 しかも、このような重大な社会性のあるSLAPPについて、日本のマスメディアは報道しない。烏賀陽氏も西岡氏も、それぞれのやり方で、身を守るしかなかった。二人に共通しているのは、いまのメディア業界はライターを守らない、育てない、滅びゆく恐竜だ、という認識である。

 

 西岡氏は、革マルを取材すると決めたときから、訴訟対策、生活防衛(襲撃から家族を守るための引っ越し)などを周到に準備している。それでも、名誉毀損訴訟の対応はしんどい、という。裁判官の考える真実と、ジャーナリストの考える真実とは違うのだ。そのことが裁判官には分かっていない。また、メディアに対して、いい加減なことを書く、というバイアスもある。

 烏賀陽氏は、雑誌編集部のコメント取材を受けただけという、いわば受け身。突然の名誉毀損訴訟で判断ミスをして一審で敗訴。二審で逆転するまでの顛末を振り返る。

 ジャーナリストと大企業の戦いのドラマとしては、西岡氏の言葉のほうが面白いし迫力がある。なにしろ、もし革マルが妻子を傷つけたら、ペンを捨ててテロリストとなる、物理的に復讐する、と明確に宣言しているのだ。JR東日本労組問題は、ヤクザ取材を得意としてきた西岡にしてもたいへんな覚悟を要するテーマなのだ。

 烏賀陽氏の体験のほうが、一般人にはありうる。オリコンについてどう思いますか、と編集部からの電話取材を受ける。そのコメントが活字になり編集部からファクスで送られてくる。自分の発言した内容と違うので、訂正を申し入れても、印刷の関係でそれが聞き入れられないまま雑誌になる。そして訴えられる。版元の社長は、訴訟費用の負担を拒否。すべての訴訟費用を自腹でまかなうことになり、生活が危機になる。

 ブログやtwitterで個人的な意見を簡単に表明できる時代になった。それを資金が豊富な企業が名誉毀損で訴えてくることは十分にありうる。このふたりはジャーナリストである。いかにして訴訟に勝つか、という情報収集力があるため、訴訟を跳ね返すことができた。一般の人ならば、屈服するしかないだろう。

 

 この二人の経験した名誉毀損の経験が、一般の人にとって必要となる時代が来ている


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