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『ネメシスの杖』朱戸アオ(講談社)

ネメシスの杖

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「個人への報復か、システムの改善か」

 いきなり私ごとで恐縮だが、実験的なマンガが好きである。本作についていえば『アフタヌーン』(講談社)に、あるいは最近でいえば『COMICリュウ』(徳間書店)などに掲載されているような、単行本1冊で完結する、新鋭マンガ家の意欲的な作品が好きで、書店でもよく探し求めている。

 いわゆる名作と言われるような、長期連載になるマンガにもそれなりの面白さはあるのだが、たいていの場合それらが読者の反応を気にして、「尖った要素」を失っていくのに対し、新鋭による実験的なマンガは、粗削りな部分を持ちながらも、やはり読む側に心地よい刺激を与えてくれるのである。

 本作『ネメシスの杖』も、そうしたマンガの一つといってよいだろう。いわゆる健康食品による健康被害を題材とした、医療サスペンスマンガである。

 ヒロインである阿里玲は厚生労働省の「患者安全委員会調査室」の調査員であり、ある日、彼女のもとに、「シャーガス病の罹患患者を隠している病院がある」という告発文が届くところからストーリーが始まる。

 そして、その後の展開は、よい意味で評者の期待を裏切ってくれるものであった。最初は、いわゆる健康食品をマスメディアが喧伝し、人々が巻き込まれて行くその現象を描く社会派マンガかと思っていたのだが、むしろ本作は、そうした現象の責任追及や、対処方法の是非を描くことに主眼が置かれている。

 詳細はネタばれになるので書きにくいのだが、大きくいって、それは現象を引き起こすこととなった個人に対する責任の追及や、報復をもってなされるべきか、それともそれを導いたシステムの改善へと向かうべきかという二項対立が描かれることになる。

 おそらく、現代の日本社会においては、前者に感情移入する人が多数を占めるのではないだろうか。本作に限らずとも、他の社会現象でも、そのような動向はよく見られることである。だが、珍しくもヒロインは、後者へと向かおうとする。自らが属する(官僚)組織の問題点をも暴きだそうとしていくのである。

 評者も、社会現象に対する分析を生業とする社会学者である以上、後者を指示する立場なのだが、さまざまなコンテンツを通しても、こうした立場が説得的に描かれることは少なく、その点でも本作には強い共感を覚えた。

 現代日本における、さまざまな社会問題に対する視点を学ぶ上でも参考になる本作を、ぜひ多くの方にお読みいただきたいと思う。


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