『漢字は日本語である』 小駒勝美 (新潮新書)
昨年、新潮社から『新潮日本語漢字辞典』というユニークな漢和辞典が出た。普通の漢和辞典は漢籍を読むための辞典で、用例も漢籍からだが、この辞典は『日本語漢字辞典』を名乗ることからわかるように、日本語に使われる漢字を調べるための辞典であり、用例は日本語の文学作品から採られている。
漢籍に使われる漢字も、日本語に使われる漢字も、同じ漢字ではないかと思うかもしれない。確かにルーツは同じだが、日本に渡来した漢字は犬飼隆『漢字を飼い慣らす』でも述べられていたように、すっかり日本化している。漢字は今や日本語の血肉となっているのだ。
漢和辞典を作る人は漢学者や中国文学者であるから、漢字の日本化した面を嫌ったり、嫌うとまではいかなくても軽視する傾向がある。日本語のための漢和辞典が求められる所以である。
本書は『新潮日本語漢字辞典』を企画編纂した小駒勝美氏が漢字に対する蘊蓄をかたむけた本である。
第一章「漢和辞典はなぜ役に立たないか」は『新潮日本語漢字辞典』の解説と宣伝である。『日本語漢字辞典』には興味があったが、価格が一万円近かったし、今さら紙の辞典なんてと思って買わなかった。だが、この章を読んでちょっと欲しくなった。
第二章から第五章は漢字豆知識で、使えそうなトリビアがたくさんある。呉音、漢音、唐音の使いわけの法則はなるほとどと思った。ただ、戦前に見られた右横書は「一文字×複数行の縦書」だという指摘はどうなのだろう。欄間額が根拠としてあげられているが、右横書の文字間隔は行間と同じ幅だというような証明がないと納得しにくい。
第六章「常用漢字の秘密」と第七章「人名用漢字の不思議」は戦後の漢字政策と、漢字政策と同じくらい日本語の文字に甚大な影響をあたえたJIS漢字コードの話である。
戦後の漢字改革については多くの本が書かれているが、新書レベルでは疑問符のつくような本しかなかった。本書のこの部分は70ページほどしかないが、バランスのとれた公平な記述だと思う。当用漢字の重要な影響として、筆記体と活字体の壁を壊し、混乱をまねた点をあげているのは重要である。その延長に悪名高き「朝日字体」がある。
「朝日字体」とは朝日新聞社が偏執狂的に活字を作っていた簡略字体を指す業界用語だが、さすがの朝日新聞社も2007年1月から使用をやめている。
著者はJIS漢字コードの1997年改正の委員会に参加していて、内側から見た97改正を「包摂規準」という「理論武装」をわざわざひねり出しただけで、「ある種の虚しさ」を感じたと書いている。
わたしは包摂規準を規格に含めたこと自体は歴史的必然だったと思うし、画期的な意義があったと考えているが、97年改正の広すぎる包摂規準については著者と同様、苦しい言い訳という感想をもっている。
このあたりのことはややこしいので、ここで説明しても何が何だかわからないだろう。本書の177ページ以降にわかりやすく解説してあるので、興味のある人は本書を読んでほしい。