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『凡人でもエリートに勝てる人生の戦い方。』星野明宏(すばる舎)

凡人でもエリートに勝てる人生の戦い方。

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「定石破りのコツ」

 絵に描いたようなストーリーだ。華やかなテレビ業界で活躍していた電通マンが、ある日一念発起し、会社を辞めて教育系の大学院に入り直した。そして教員資格を得ると、地方の名も無い私立校に教師として赴任。そこで部員数が15人にも達しない(つまり試合すらできない)ラグビー部の顧問となる。するとこのラグビー部があれよあれよという間に実力をつけ、たった三年で花園に出場してしまったのである!まさに神。救世主。スーパーマン

 すいません、ここでちょっとお断りですが、この「地方の名も無い私立校」というのは評者の出身校。しかも数十年前、評者はこのぼろぼろラグビー部のなんちゃって部員だったのでした。というわけでチョー地味な我が母校で、最近になって起きたこの「事件」のことが気になり、本書を手に取った次第。

 ラグビーというのは不思議なスポーツだ。正月の花園で、高校生たちがラインをつくってパスを回している姿など実に牧歌的でかわいらしいが、ヨーロッパのシックスネーションズなどを見ていると、フランケンシュタイン(に出てくる怪物)みたいな巨漢と巨漢がグシャッと音を立てながらぶつかり合い、投げ飛ばしたり、引き摺り倒したり、踏んづけたりしながら、ボールを奪い合っている。さながら石器時代の戦争。全身どろどろで、ときにはパンツなんかが見えちゃってる。

 この人たちは何が楽しくてこのスポーツをやるのだろうと思う人もいるかも知れない。評者ももう自分でやろうとは思わないが、見るのはけっこう好きだ。グシャッとぶつかると「うゎっ」とは思うのだが、それでも身を乗り出してしまう。

 こんなふうだから、ラグビーは体力差、体格差が如実に結果に出る。番狂わせが置きにくいというのが定説だ。しかし、そこで著者の星野氏は「なにくそ」と思った。いや、この人は定説や定石を前にすると、かならず「なにくそ」と思ってチャレンジしたくなってしまう人らしい。そして周りにいる人にもその傾向を感染させてしまう。

 しかし、単に「なにくそ」と思うだけなら、犬でもできる。星野氏のチャレンジの背後には実に緻密な計算と、正確な決断とが控えてもいる。しかも、それはそう簡単には思いつきそうになりものばかり。筆者も含め、この本を手に取った人の多くがまず知りたいと思うのは、「いったいどうやって花園へ?」というプロセスだろうが、その答えもかなり予想外だ。何しろラグビーだから、きっと千本ノック的な練習を積み重ね、河川敷を朝から晩まで走ったり、夕焼けが綺麗だったり、女子マネが涙を流したりするのだろうと思ったりしたら大間違い(そもそもこの学校は男子校である)。花園への道は、はるかに地味で、素っ頓狂で、しかし、それだけに説得力がある。

 一例をあげよう。実は、この私立校(静岡聖光学院というところです)はミッション系ということもあり、練習時間が週三日に制限されている。その中でチームが実力をつけていくためにはさまざまな困難が生ずる。中でも最大の課題がスタミナだった。試合では、後半のスタミナ切れで敗北ということが多かったのだが、かといってスタミナ強化のメニューを貴重な練習時間に組み込んでしまうと、スキルを磨くための練習に時間がとれなくなってしまう。

 星野氏の前にこうして定石が立ちはだかった。「スタミナ不足の解消=スタミナを強化する」。しかし、週三日の練習時間では、とてもスタミナ強化訓練までは無理。そこで星野氏は考える。この方程式の「=」は、ほんとうに絶対なのか?と。そして、「スタミナがなくても、一試合を通じて疲労が原因で動きが鈍くならなければ、課題は解消される」のでは?と考えを進める。こうしてたどり着いたのが「スタミナ不足の解消=一試合を通じて疲れない走り方に改善する」という新しい方程式だった。

 高校ラグビーの試合は、前後半合計六〇分で行われます。ただ、そのすべての時間を全力疾走しているわけではありません。

 六〇分の試合中、インプレー(ボールがフィールド内にあるプレー)の時間は長くて三〇分。その中でも、自分が実際にボールを持ったり、相手にタックルをしたりする、全速力で走る必要のある時間は精々二、三分です。

 それ以外の時間は、ジョギング程度のスピードで走っていることになります。

 この時間中に体力をできるだけ消耗しない効率的な走り方ができれば、理論的には試合終了までスタミナが切れずに済むのです。

 走り方の基本は、日常の歩き方を矯正することで大幅に改善されます。(60~61)

 なるほど。つまりわざわざ特別な練習などしなくても、日常生活をちょっといじるだけで変えられることがあるのだ。こうして星野氏は、選手たちの日常生活の歩行を科学的な方法論に基づいて改善することで、試合中のスタミナ切れを防ぐことに成功したというのである。

 本書にはその他にも「どうやって花園へ?」の秘密を明かす記述が数多くある。ただ、本書の核となるのは「ラグビー論」ではなく、あくまで思考法、発想法である。出発点となるのは、天賦の才に恵まれていない「凡人」が何事を成し遂げるために大事なのは何か?という問題意識である。電通時代のエピソードや、ラグビーの成功体験を盛り込みつつ、著者は「能力やスキルにはたよるな」、「〈個性〉はいらない、それより〈特長〉を」、「ひらめきにたよるな」といったポイントを掲げ、ふつうの常識からはちょっとだけずれた道を進むことで定石をひっくり返す方法を伝授する。

 スポーツというと、いまだにスポ根的な努力論や、「感動をありがとう」的なセンチメンタリズムで物語がつくられることが多い。そういうスポーツ物語にアレルギーを持っている人も多いだろう。これに対し星野氏の根本にあるのは、非常にクールな観察と分析力である。何より、力を入れすぎない、やろうとしすぎない、といった点を押さえているところがいい。むんむんしていない。暑苦しくない。

 ただ、その一方で、この本はすべてを語っているわけではない。もちろん技術的なことについては企業秘密もあるだろうが、それよりも星野氏の成してきたことの背後に、きっとうまく言葉にならないものもあるのだろうなということが――何となく――わかる。感傷を排したところにほの見える、ロマン主義のようなものか。本書はいかにも自己啓発本的な体裁の、さわやかに宣伝的で、徹底的に噛み砕いてわかりやすく書かれた(しかも表紙が黄色の!)もので、そうしたお約束に書き手がつきあってしまったところもあるのだろう。でも、いずれそうした縛りから自由になったときにどんなものが出てくるか。「ビジネス」やら「発想法」やら「方程式」といった、無理にハウツー式にもっていくための枠とは関係なく、とにかくラグビー的なるものについて思い切り語る機会があってもいいかなとも思う。あるいはラグビー的でなくても、もっと原理的なものについて語る用意もあるのかもしれない。楽しみである。

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